昭和の鉄道世界(その5)は江ノ電第四弾、七里ヶ浜~稲村ヶ崎で撮影した江ノ電の写真を紹介する。ここは写真の名所で江ノ電が海沿いを走るので、海と江ノ電を組み合わせた写真が数多く撮られている。
稲村ヶ崎駅へ向かう300形第三編成303Fは冷房改造・更新工事がなされて2007年まで活躍した。303号の先頭部が江ノ島駅の待合室に保存展示されている。

300形第四編成304Fも冷房改造・更新工事がなされて2005年まで活躍した。鎌倉から山の中を抜けてきた江ノ電はここで初めて海岸線を走る。

海沿いを走る500形第一編成501F。遠くに江ノ島が霞んで見えている。

七里ヶ浜駅に到着する連結車200形(201F)。201Fは1968年に連結車から連接車へ改造されて306Fになり20年強活躍の後、300形の先陣を切って1991年に廃車となっている。車体前面裾のバッファーが路面電車改造の面影を残しているのが良くわかる。
- 2012/05/18(金) 23:23:53|
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昭和の鉄道世界(その4)も江ノ電である。江ノ電第三弾は極楽寺検車区での江ノ電、当時は申し出れば検車区見学が可能で、車庫内で車庫外で撮った写真が登場する、パンタグラフではなくポール姿の江ノ電の車輌の姿は貴重な写真となっている。

極楽寺駅の鎌倉寄りにあるトンネルを出てきた300形第三編成の303F. 303Fは103と104を種車として1957年に連接車に改造されている。冷房改造・近代化改造されて2007年に引退して廃車となった。

極楽寺駅へ到着寸前の200形連結車201F.1956年に連結車として誕生後、1968年に連接車に改造されて300形の第六編成(306F)となった。そして300形では一番早く1991年に廃車となっている。

左から100形(108)、300形(301Fと302F)、電動貨車 貨2.

300形第二編成の302F.この編成は1957年に連接車改造・登場し、冷房改造や更新は行われず1997年に廃車となっている。

元東急のデト3011で1947年に譲渡されて江ノ電の電動貨車(貨2)となった。1970年に廃車。

1980年に廃車となったが、極楽寺検車区で動態保存されていて、秋のタンコロ祭りでは公開される江ノ電のマスコット的存在。

108と同じく1980年に廃車となり、現在は由比ケ浜公園で静態保存されている。

500形の第二編成502F。501Fと異なり東急車輛製造製なので細部に於いて501Fとの相違点が見受けられる。例えばヘッドライト左右のタイフォン(警笛)は502F独自のもの。また行先表示板も501Fは従来車と同じだが502Fは横長の独自の行先表示板になっている。
- 2012/05/17(木) 23:35:12|
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昭和の鉄道世界(その3)は前回に続いて江ノ電である。今回はもう一つの終点である「鎌倉」駅でのスナップ写真を紹介する。駅の位置は現在とほぼ一緒であるが、駅舎やホームは大きく異なっており写真からは今の江ノ電「鎌倉駅」の面影をしのぶことはできない。写っている300形の第4編成は比較的遅くまで残っていた編成でその姿は晩年の300形の姿とほぼ近いので親しみが持てる。

現在の鎌倉駅とはまるで違う雰囲気の1963年(昭和38年)の江ノ電鎌倉駅。ちょっと見難いかも知れないが改札口の上に「長谷、江ノ島、藤沢方面のりば」の文字が見える。

江ノ電「鎌倉」駅は横須賀線の「鎌倉」駅と並んでいる、一段高いところに横須賀線のホームがある。

鎌倉駅に到着する300形第4編成(304-354)。種車を100形の106号・109号として1958年に誕生した304F連接車は2005年に廃車されるまで長生きして活躍した。

鎌倉駅に到着して行先表示板を鎌倉行きから藤沢行きに変えているところ。この時代は江ノ電に限らずどこの鉄道でも行先表示板はこのように人力で替えていた。右手には横須賀線のホームの屋根がちらっと見えている。
- 2012/05/16(水) 18:43:12|
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「昭和の鉄道世界」(その2)は昭和38年11月3日に鉄友達と訪問した江ノ電を紹介いたします。 訪問当時江ノ電の正式名称は「江ノ島鎌倉観光」で1949年に江ノ島電気鉄道から名称変更されている。そして再度名称変更されて、現在は江ノ島電鉄となっている。
訪問時はまだポール集電だったので終点駅では進行方向のポールを降ろして反対側のポールを上げる作業が行われており、スナップ写真でもその光景が記録されている。ポール集電だった頃の都電ではポール回しが行われていたが2両の連接車運転が主体の江ノ電ではポール回しではなく2両の電車の前後での上げ下げだった。

藤沢駅に到着した500形第一編の501。501は1956年に東洋工機で製造されている。到着したばかりであることは後ろのポールが上がっていることと、行先表示板が藤沢のままであることから知れる。500形は晩年までに改造(ヘッドライトの腰部への移動・客用扉の両開きから片開き化・正面窓の曲面ガラスから平面ガラスへの変更・ポールからZパンタ化)で大きく変化しているが、この時には登場時の原形のままで貴重な写真となった。

501の連接部台車。江ノ島鎌倉観光の頭文字から取ったEKSのロゴが懐かしい。

今となっては懐かしいスナップショットとなった501のポール集電装置。

藤沢駅に到着して進行方向の車両のポールを降ろしている300形連接車第二編成302.
- 2012/05/16(水) 10:24:23|
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スカGことSkyline GTはJCCA New Year Meetingの常連である。「プリンス・スカイラインGT」(S54A&54B)から「愛のスカイアライン」(箱スカC10型)・「ケンメリのスカイライン」(C110型)までが勢ぞろいする。私はケンメリのスカイラインの発表・試乗会で一目ぼれしてその場で契約発注してしまった。発注したのは白の2ドアーハードトップ2000GTXだった、納期が3ヶ月で、9月に発注して納車は12月だった。今でも歴代のスカイラインの中でスタイルはC110型が一番だと思っている。
左が日産と合併した後のマイナーチェンジしたS54B、右が日産と合併する前の純粋プリンス・スカイラインGT。

色がブルーなので私の乗っていたケンメリGTとは異なるが、モデルは2000GTXなので同じである。

こちらは通称「箱スカ」又は「愛のスカイライン」であるC10型。
- 2012/05/11(金) 22:24:03|
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