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ナイトトレインの平成・徒然草 ~心にうつるよしなしごとを書き連ねて~

《鉄道》《車》《音楽》《文学》等にまつわるよしなしごとを、つれづれなるままに書き連ねてまいります。 このBLOGに掲載された写真などを他のMediaなどに掲載される際の問い合わせ先はn.sugii@nifty.comです。 

10年前の鉄道風景(7) 京葉線 331系

正確に言うなら6年前ということになるのだが、四捨五入して10年前というくくりで、2009年に京葉線の新浦安駅で撮影した331系の写真を紹介したい。京葉線で使用されていた201系の置き換えを目的として2006年3月に量産先行としてデビューしたのが331系である。そしてこの331系は国鉄・JRを通じて初の営業運転を行った連接車という栄誉も担っている。しかしながらダイレクト駆動方式という新しい駆動方式が仇となって、追加の編成も製造されることなく1編成のみの異端児となって、運転される機会も少ないまま2014年4月に廃車・解体されてる。
デビュー後2007年3月14日から半月ほど営業運転に入ったのちにすぐ改良の為に製造会社に入庫している。そして復帰後、2008年の12月23日から2009年の5月まで営業運転に入ったのち、不具合があり再び車庫生活に戻り。2010年4月から2011年1月まで営業運転に供されたが、再び不具合を生じて車庫になり2度と営業運転には復帰することなく2014年4月に廃車となって完全にその姿を消してしまった。
試作電車AC(Advanced Commuter)トレインE993系の成果を受けて、連接車およびDDM(Direct Drive Motor:車軸直接駆動式モーター)を採用した量産先行車として誕生したE331系であるが、一番のネックはDDMだったようで、この駆動方式に関連するトラブルに悩まされて、その生涯のほとんどを車庫で過ごすこととなってしまった。連接車は小田急のロマンスカーや他の私鉄でも採用されて実績がある技術なので、DDMによってダメ車両の烙印を押されてしまい、結果として国鉄・JRで連接車両が本格的に採用される機会を失ってしまった事はくれぐれも残念と言わざるを得ない。
331系は連接車ということで車体長が20mではなく、先頭車と中間のサハ2両が16m、その他は13mということで14両編成だったが、編成長は20m級車10両編成と同じ長さだった。製造後ほとんど車庫で寝ていた為にこの電車を見かけたり乗ったりできた人の数はごく限られていたようで、331系を撮影した写真を見る機会は非常に少ないと思う。

そんな希少車331系を2009年5月9日に新浦安の駅で見かけて写真を撮っているので、ご紹介したい。

20090509武蔵野京葉線1 155A
置き換え対象の201系と並んだ331系
20090509武蔵野京葉線1 157A
20090509武蔵野京葉線1 158A



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  1. 2015/03/15(日) 12:47:25|
  2. 10年前の鉄道風景
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10年前の鉄道風景(6) JR飯田橋駅

1999年のJR飯田橋駅での撮影です。20世紀が終わろうとしてしていた時、中央緩行線にはカナリアイエローの103系とオレンジバーミリオンの201系が走ってました。そして中央快速線はすべてが快速線の代名詞として活躍していた201系のみの単一形式で運用されてました。そして21世紀に入って10年経った今はそれらのすべての色を快速線と緩行線で見る事ができません、見る事ができるのは無機質なステンレスの車体に申し訳程度にラインカラーのステッカーを貼付した姿の車両だけです。。栄枯盛衰・10年ひと昔、時の流れを感じさせられることになりました。

19990404飯田橋1AB快速線のオレンジ色の201系・緩行線のカナリア色の201系と桜の組み合わせはもう2度と見ることはできません。

19990404飯田橋2ABまだまだ塗装された車体の電車が幅を利かしていた時代だったことがわかる光景。103系と201系。

19990404飯田橋5ABオレンジ色の201系もばかりがやたらとイメージの中に染み付いてしまっていたが、201系のカナリア色も良い組み合わせだったと改めて再認識。

19990404飯田橋3AB待っていれば当たり前のように103系が撮影できた時代があったのだとしみじみ思いだしてしまう。

19990404飯田橋4AB昨年まではこの光景も見れたのだが、今は過去形でしか言えなくなってしまった。
  1. 2011/07/04(月) 23:42:33|
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10年前の鉄道風景(5) 東急・東横線「都立大学」駅

1999年の都立大学駅でのスナップである。10年前の鉄道風景(4)東急・東横線「渋谷」駅でTOQ-BOXの9013F(シャボン玉仕様)をご紹介したが、今度はその時もう一本あるとお話したもう一つのTOQ-BOX9006F(虹・音符仕様)である。既に2本ともに2010年にTOQ-BOXステッカーをはずしてしまっている。さらに9006Fは5両編成に短縮されて大井町線へ移転されている。

19990404都立大1AB
1999年は未だ桜木町行きがあった。すでに9006Fの姿を東横線で見ることはできない。

19990404都立大2AB
日比谷線の乗り入れは減少傾向にあり、徐々に乗り入れの電車を見る機会が減っている、副都心線との直通乗り入れが始まった時に日比谷線の直通がどうなるのか気になるところである。今は菊名までの乗り入れとなっているので「日吉」の行き先表示も貴重な記録写真となった。東京メトロになる前なので営団のマークが付いていて懐かしい。
  1. 2011/07/02(土) 22:14:13|
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10年前の鉄道風景(4) 東急・東横線「渋谷」駅

やはり10年ひと昔である、これからご紹介する写真でお分かりのように既に見る事の出来ない光景が多々ある。
そして渋谷駅自体がが大きく生まれ変わることになっていて、東横線は地下にもぐり、山手・埼京線はホーム位置が変わり、地下鉄銀座線も大きく変わる。東急東横店もなくなる。

(1) TOQ-BOX仕様(シャボン玉柄)の9000系 9013F

今は見ることのできない「桜木町」の行き先方向幕が10年の歳月を感じさせる。尚TOQ-BOX仕様は東横線ではもう1本あり9006F(虹・音符柄)がその任に就いていた。東急ではTOQ-BOXは商標登録してないようで、2010年6月にはTOQ-BOXの装飾を解除してしまったらしいが筆者は確認してない。

199703渋谷4A

(2) 急行「桜木町」行8590系

すでに8590系は東横線の運用からはずれており、現在では大井町線と田園都市線でしか見ることはできない。

199703渋谷3A

(3) 電光掲示板の「桜木町」行きの表示や「日吉で急行待ち」の表示が貴重

現在は特急や急行の追い越し待ち合わせは「自由が丘」と「菊名」になっているので日吉での各駅停車接続や急行待ちの表示は貴重な記録写真となってしまった。

199703渋谷5A

(4) 電光掲示板の「先発電車の停車駅」は路線が桜木町迄あった時のもの

私にとっての東横線は渋谷~桜木町の路線で、未だに「元町・中華街」行きの表示に違和感を感じる。もうじきこの見慣れた渋谷駅の地表ホームともお別れとなるのだと思うと感慨深いものがある。

199703渋谷1A

(5) 通常は2番線から発着が主体の急行電車の1番線発着

現在は2・3番線が優等列車(特急・急行)の発着に使われているが、それ以前は2番線が優等列車の発着ホームだった。それでもたまにはこうして急行「桜木町」行きが1番線から発着することもあった。

199703渋谷8A
  1. 2011/05/15(日) 14:04:10|
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10年前の鉄道風景(3) JR水戸線「下館」駅

1999年の下館駅でのJR水戸線、関東鉄道、真岡鐵道の写真を紹介する。
当時仕事の訪問先が下館にあり、東北新幹線「小山」で乗り換えて水戸線で「下館」まで行く事が多くなって、ある時カメラ持参で出かけて仕事の帰りに下館駅で撮影したのが今回ご紹介する写真である。冬ということもあって太陽の光線がかなり傾いていて逆光気味の写真があるが、かえって趣のある写真になっているかもしれない。
恥ずかしいことにも、水戸線に乗るまでは水戸線が交流電化されていた事に気が付かず、小山駅を出て小田林駅へ向かう途中に車内の電気が消えて初めて交直接続のデッド区間を通過した事が判り、水戸線はその全線がほとんど交流区間だったと知った次第。大部分の鉄道ファンは、常磐線の取手ー藤代間の交直接続と東北線の黒磯駅の交直接続は認識していても、水戸線の小山ー小田林の交直接続は意外と知らないのではないかと自分の例をして思ったりする。その延長で行くと、つくばエキスプレスのみらい平ー守谷間の交直接続も普段は忘れられている存在かもしれない。
415系1500番台(ステンレス車)だけになってしまった415系普通鋼車も、割と最近まで秋葉原駅の横に在る引き上げ線に留置されていたのを頻繁にみかけたものだった。
そして近郊型電車の代名詞のような存在だった113系・115系も最終局面にあり、首都圏でその姿を見る事ができるのもあとわずかである。

(1) ファサードの窓が印象的な駅舎となっているJR「下館」駅本屋

杉崎行恭著の『日本の駅舎ー残しておきたい駅舎建築100選』にはもれたものの、次点として「残しておきたい駅舎38」の中にはこの下館駅が見事選ばれている。

19990120下館1A

(2) 駅舎を裏側のホーム側から眺めたところ。

小山方面行きの上りホームに停車中の電車は415系普通鋼電車。2007年で引退して今はその姿をみることはできない。現在はステンレス車体の415系1500番台とE501系が運用に就いている。

19990120下館3A

(3) 関東鉄道の下館駅に停車中のキハ2201

画面左側のJRホームの奥に真岡鐵道の車両が見える。

19990120下館10A

(4) 関東鉄道 キハ2201 

19990120下館11A

(5) 下館駅 友部方面行き下りホームに停車中の415系普通鋼電車

19990120下館12A

(6) 真岡鐵道の気動車 モオカ14形

19990120下館13A

(7) 跨線橋上の関東鉄道下館駅舎

”取手・水海道・下妻方面のりば”の文字が見えるのが関東鉄道の駅舎。

19990120下館9A
  1. 2011/05/13(金) 21:37:44|
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nighttrain999

Author:nighttrain999
目黒区の都立大学で産湯を使い、長じて多摩ニュータウンに移り住んでン十年の”おじさん”です。サラリーマン渡世を無事に勤め上げて第二の人生を謳歌しております。
多彩な趣味のお陰で時間が足りなくて、とても仕事をしている暇がないという次第。
興味のあるものは: 鉄道・車・オーディオ・カメラ・地図・文学・歴史・音楽(特にJAZZ)・英国

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