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ナイトトレインの平成・徒然草 ~心にうつるよしなしごとを書き連ねて~

《鉄道》《車》《音楽》《文学》等にまつわるよしなしごとを、つれづれなるままに書き連ねてまいります。 このBLOGに掲載された写真などを他のMediaなどに掲載される際の問い合わせ先はn.sugii@nifty.comです。 

東武ファンフェスティバル

2010年12月5日に東武・南栗橋車両管理区にて開催された「東武ファンフェスタ」の報告である。タイムリーな報告としては時期を逸していて成り立たないが、記録にとどめておきたいアイテムがいくつかあったので遅まきながらの報告としたい。
南栗橋駅は浅草から51.4Kmの距離にあり駅に隣接して南栗橋車両管理区がある。東京ドーム5個分の広さは私鉄の車両基地としては屈指の広さを誇る。南栗橋車両管理区は「工場(重要部検査と全般検査を行う)」と「検修区(列車検査と月検査を行う)」の二つの機能を持つ東武唯一の総合メンテナンスセンターである。検修区は野田線に七光台検修区、東上線に森林公園検修区があり、南栗橋車両管理区下に春日部支所・館林出張所・新栃木出張所がある。南栗橋車両管理区は1986年5月に南栗橋駅開設に伴い設置された留置線に端を発し、2003年3月に検修区として発足、2004年4月に工場棟が完成して車両管理区に改称された。

20101205南栗橋東武フェス 006A南栗橋駅からは臨時バスで5分、歩いて20分弱の距離にある南栗橋車両管理区。バスで到着して入り口を入ると写真のような横断幕が出迎えてくれた。

20101205南栗橋東武フェス 010A
10030系4連。車内を休憩所として開放していた。ロングシートなので座席容量が少なくて常時満員御礼状態で、座れなかった人たちは車外でお弁当を広げていた。着席容量を考えて6050系を休憩所に提供すれば良いのにと思った。 この日の為に作ったのだろうか「南栗橋車両管理区」のヘッドマークが掲げられていた。

20101205南栗橋東武フェス 018AB
私の「東武ファンフェスタ」にやってきた一番の理由は、この8000系初期修繕車。ファンの間では「東武顔」として俗称される、8000系原形車の雰囲気を今に残す貴重な存在。東上線の所属で在るが、この日の為にわざわざ秩父鉄道を経由して回送してきてくれた東武鉄道に感謝。2010年5月までは8011Fと8012Fの2編成が東上線で活躍していたが5月に8012Fが廃車となり、12月時点では東武顔の8000系はこの8011Fのみとなっていた。

20101205南栗橋東武フェス 027AB
この種のイベントでの定番・車両撮影会。東武の主力車種の揃い踏み。特急スペーシア(100系)・特急りょうもう(200系)等が揃う姿が見られるのは有り難い。

20101205南栗橋東武フェス 025AB
通勤型車両の揃い踏み。左から10000系(2010Flower ExpressのHM付)・8000系修繕車(2010Flower ExpressのHM付)・8000系初期修繕車・50050系(埼玉B級グルメ王決定戦in加須のステッカーHM付)

20101205南栗橋東武フェス 024A
特急など優等列車の揃い踏み。左から特急りょうもう200系(伊勢崎線全通100周年のHM付)・特急スペーシア100系(埼玉B級グルメ王決定戦in加須のステッカーHM付)・臨時急行及び団体用300系(Sky Tree TrainのHM付)・波動輸送用として唯一残る1800系(急行「りょうもう」として活躍していた時のHM付)

20101205南栗橋東武フェス 039A
唯一無二となってしまった8000系初期修繕車の東武顔の8011Fの人気は高く、ご覧のように外の車両を圧倒してファンがカメラを向けていた。雑誌の報道によると6月30日限りで定期営業運転からは離脱したとの事で、6月28日から30日まで「ありがとう8111」のヘッドマークを付けて運転されたようである。廃車との報告ではないので暫くの間は予備編成として残るものと思われるが、通常は営業線上で8000系初期修繕車を見る事は叶わないことになってしまった。

20101205南栗橋東武フェス 052A20101205南栗橋東武フェス 054A
外での展示はなかったが、工場内で整備中の6050系が見れた。展示を意識して、方向幕・種別幕は前後で違う表示が掲出されていた。ちなみに写真に写っている車両は東武の6050系ではなく野岩鉄道の所属車で、車両の整備は東武鉄道に委託されている為に工場に入場していた。野岩鉄道所属の6050系は61100番台・62100番台が、会津鉄道所属の6050系は61200番台・62200番台が充てられて東武の6050系と区別が付くようになっている。

20101205南栗橋東武フェス 057A
10030系2連を使用した扉の開閉体験に供されていた11259F編成

20101205南栗橋東武フェス 008A
此れが私の「東武ファンフェスタ」を訪れたもう一つの目的。車両移動機といわれる車両で、昔は貨車の入れ換えなどでもその姿を見たが、今はこのような車両工場での車両を移動する目的で使われるのが主力となり、巷で目にする機会がめっきり減ってしまった。ファンの間では車両移動機を総称で「アント」と呼んでおり、元々はこのような車両移動機を作り始めたアント工業という会社に語源を発する。本当はSONYの商標であるウオークマンが携帯音楽プレイヤーの総称として広く使われているのと同じ現象である。
字が小さくて見難いかもしれないが車体の裾に製造会社名「アント工業」の文字が見えるので本家本元のアントであることがわかる。貨車の入れ換えに使われていた時には駅頭で見かけることも多くて、写真を撮るのも容易であったが、現在のように車両工場が主な働き場所となってからは、写真を撮るのも容易ではなく、このような工場公開のが唯一の撮影機会となったいる。

20101205南栗橋東武フェス 060A
会場は歩いてもいける距離ではあったが、このように「会場行き」の臨時のバス停が南栗橋駅前のロータリーに設けられて、数台の東武バスで来場者をピストン輸送していた。ちなみに筆者は、行きはバスにお世話になり、帰りは徒歩で駅まで戻った。
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  1. 2011/07/25(月) 09:00:16|
  2. 鉄道
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東武動物公園駅にて

東武動物公園駅はかつて杉戸駅と呼ばれて、伊勢崎線と日光線の分岐駅として、また杉戸機関区などの車両基地と杉戸工場を持つ東武の重要な拠点駅だった。広々とした駅構内にその面影が残り、つい数年前までは杉戸機関区の名前の残る建物も残っていた。そして西新井工場と杉戸工場は統合されて南栗橋車両管理区内の工場に移転している。現在では日比谷線の直通電車が東武動物公園駅まで運転されていて、東武動物公園駅の駅名を見聞きする機会が多くなっているので東武動物公園駅の知名度の方が優っているが、団塊世代以前の鉄道ファンにとっては「杉戸駅」の方にシンパシーを感じる。
仕事で太田へ行くのに特急「りょうもう」を良く利用していて、東武動物公園駅を通過することは多かったが下車する機会はほとんどなく、工場の移転と共に構内の様相が変わり始めても車窓から眺めて無為に時を過ごすのみだった。
そんな東武津公園駅に、南栗橋車両管理区で開催された「東武ファンフェスタ」に出かけた折に乗換で降り立つ機会があり、駅で写真を撮ることができた。当初は竹ノ塚までしか乗り入れてなかった地下鉄日比谷線の電車も今では長躯「東武動物公園駅」まで乗り入れるようになった。しかし半蔵門線の乗り入れとは異なり、日比谷線からの直通乗り入れでは東急の車両は東武線内には乗り入れてこない、その代わり半蔵門線からの乗り入れでは東急の車両も乗り入れてくるので、北は南栗橋と久喜までの間の東武線沿線で東急の車両が見れるという光景が実現した。東北本線の列車を利用して久喜駅で東急の車両を見かけた時にはその違和感に夢を見ているような気持ちにさせられたが、最近やっと慣れてきて違和感が消えつつある。

20101205南栗橋東武フェス 001A東武の6050系と並ぶ東急5000系中央林間行き急行。こんな光景を見れることを10年前には考えもしなかった。

20101205南栗橋東武フェス 005A10030系区間準急「久喜」行き。留置線の奥に月極駐車場の看板が見えるが、数年前まではそのあたりに杉戸機関区の看板のかかった建屋があった。
朝夕を除き久喜以遠へ行くには久喜での乗換が必要となり館林・太田方面に乗換無しで行くには昼間は特急「りょうもう」を使用させる方針をとる東武。更に太田ー伊勢崎間はワンマンによる区間運転のみとなったので、乗換無しで浅草から伊勢崎まで行く電車は無くなったことになる。かつて物好きにも太田で仕事が終わった後、区間準急で浅草まで戻ったことがあったが、ほとんどの乗客は途中で入れ替わってしまい、終点浅草まで乗っていたのは多分私一人だったように思うので、伊勢崎線を浅草から伊勢崎まで直通させる列車は必要ないというのが正解なのだと思う。

20101205南栗橋東武フェス 003A20000系使用の当駅始発日比谷線直通電車の中目黒行き。

DSC_0814A.jpg右端は日光線を東武動物公園駅へ進入してくる6050系6連の区間快速浅草行き、真ん中は伊勢崎線を進入してくる東急5000系の急行中央林間行き、左端は折り返しの留置線の20000系日比谷線直通電車。

  1. 2011/07/24(日) 10:26:13|
  2. 鉄道
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第27回フレンドタウン ハーモニカコンサート

7月17日亀有駅前ヨーカドー9階の「かめありリリオホール」にて第27回フレンドタウン ハーモニカコンサートが開催され行ってまいりました。
アマチュアのハーモニカ愛好サークルの方々が発表会の場として開催されているハーモニカコンサートです。当日は12組のサークルがそれぞれ自慢の演奏を聞かせてくれました。ほとんどのサークルが10年以上、20-30年念と活動をされていて、すばらしいハーモニカ演奏を披露してくれました。活動歴が長いということはメンバーの方々もそれぞれ年齢を重ねていらっしゃいますので、シニアーの方が生きがいとして音楽を楽しんでいらっしゃる様子がわかり、私も元気をいただくことになりました。

前回ご紹介したハーモニカトリオ「ミネストローネ」の方々がいくつかのサークルの講師をされている経緯もあり、演奏会の最後は講師をされているプロのハーモニカ奏者による特別演奏を聞かせていただけました。

参加サークルは以下の通りです。

新すみだハーモニカ教室(墨田区)・マルテリードクラブすばる(葛飾区)・森下ハーモニカハーモニー(江東区)・北区ハーモニカ教室(北区)・千代田ハーモニカクラブ(千代田区)・ハーモニックオムニバス(港区)・
グリーンハーモニカ江戸川(江戸川区)・ハミングキャッツ(江戸川区)・チェリーハーモニカメイツ(北区)・マルテリードクラブ亀有(葛飾区)・エーデルワイスの会(江戸川区)・ハーモニカMorningGlory(台東区)

20110717亀有 003A
演奏会のトップを切って登場した「マルテリードクラブ亀有」の皆さん。演目は「鉄腕アトム」と「宇宙戦艦ヤマト」だった。

20110717亀有 009A
7番目の登場の「グリーンハーモニカ江戸川」。演目は「懐かしの邦画主題歌メドレー」と「クロダマンボ」指揮は講師の寺澤ひろみ先生。

20110717亀有 014A
とりを務めた「新すみだハーモニカ教室」。演目は空にちなんだメドレーで「翼を下さい~見上げてごらん夜の星を~空に太陽があるかぎり」と「名前のない空を見上げて」 指揮はトッププレイヤーであり講師でもある斎藤寿孝氏。

DSC_2601A.jpg
ハーモニカの鉄人と言われる斎藤寿孝氏の演奏。ゆるぎないテクニックと迫力在る演奏に魅了され、演奏し終わると会場では拍手と共にどよめきが起こり、本来は予定されてないアンコールの声に押されてアンコール曲も聞かせていただけた。演奏曲名は、「カリンカ」・「桃太郎組曲」とアンコール曲「宵待草」

DSC_2626A.jpg
そして私の本日の一番の目的だったミネストローネプラスワンの演奏。ミネストローネはトリオなので3人の構成であるが、そこへ今回は寺澤ひろみ先生が加わって厚みの在る一段と素晴らしい演奏を聞かせていただくことができた。ハーモニカの世界コンクールで1位を取られた方々なのでテクニックもリズムも最高で、夢のような演奏を堪能させていただいた。当然ながらミネストローネプラスワンに対してもアンコールの声がかかり、アンコール曲の「ブスター」では会場に手拍子が響き渡った。
演奏曲名は、「イタリアの旅シリーズ(ベニスの夏・ナポリは恋人・アリベデルチローマ)」、「ビキニスタイルのお嬢さん」、「珊瑚礁のハワイアン(タフワフワイ・珊瑚礁の彼方・真珠貝の歌・アロハオエ)」、そしてアンコール曲・「プスター」



今回アマチュアの方々も大変素晴らしい演奏を聞かせてくれていたが、アンサンブルにおいてはリズムが重要であることを認識できたのが一つの大きな収穫であった。皆さん難しい曲にチャレンジされていたし、メンバー間のテクニックの温度差もあるのでハーモニーが揃わなかったりミスがあったりしたものの、コードハーモニカやバスハーモニカが安定してリズムを刻んでいたところは全体として良い出来で演奏も楽しめた。多分リズムが安定していると全体としての音楽もまとまりが良く良い演奏に繋がるのではないかと感じた。リズムは地味なので普通にうまくリズムが刻めている時には気にも留めてもらえないが、いざリズムがおかしいと途端に気になりリズムパートに目が行ってしまうものである。
  1. 2011/07/20(水) 18:23:16|
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常磐線「亀有駅」にて

安中貨物も運転再開され、ひたちなか海浜鉄道の全線復旧などグッドニュースの聞かれるようになった常磐線沿線、亀有での用事の折に駅頭にて常磐線の列車をスナップする機会があったので紹介いたします。

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数少ない常磐貨物列車の一つ2097レ。牽引機は北斗星塗装のEF510-505.

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EF64の重連でファンに人気の89レ。今までは中央線内での撮影が多かったのと、常磐線内では短い距離(隅田川貨物駅~馬橋)しか走らないことから、常磐線内での撮影は今回が初めてでした。
実は亀有での所用が思いの外長くなり安中貨物の通過時刻は既に過ぎ、89レの通過時間にもギリギリの時間になって、ホームに駆け上がった時には既に89レの通過予定時刻、あわててホーム端まで走るが間に合わずベストポジション(2097レ撮影時と同じホーム端)での撮影は叶わなかった。

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既に来年春からE653系やE651系使用の「スーパーひたち」や「フレッシュひたち」に置き換わるE657系の試運転が始まっているので、E653系を常磐線上野口で見る事ができる時間は1年を切った事になる。これからは常磐線の沿線でE653系を狙うファンの数が増えてくることは間違いない。

DSC_2670A.jpg
E651系も置き換え対象となっているから、E653系と共にカメラを向けるフアンの数が増えるであろう事は想像に難くない。消えゆく車両を間際になって追い駆けるのは私の本意ではないので、人の来ない今の内に記録と記憶にとどめておきたいと思っている。京浜東北線の209系、中央線の201系、山形新幹線の400系などの時を見ていて判ったことだが、消えゆく車両をカメラに収めようとするファンが増え出すのは消える半年前くらいで、更に数ヶ月前くらいからホームや有名撮影場所はには常にファンの姿をみるようになり、最後の一ヶ月の週末にはとてもまともに写真が撮れない状況になることを知っているので、私はなるべく最終日の撮影は避ける事にしている。
一時期仕事で水戸方面に出かけることが多くありE651とE653には大変お世話になった、いずれ乗り収めにいくことになるだろう。
  1. 2011/07/19(火) 11:46:17|
  2. 鉄道
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ブラタモリー三田編

私の愛視聴TV番組である「ブラタモリ」で港区の三田界隈が紹介されたのに触発されて、昨年12月に三田界隈をカメラ片手に散策してきた。暑い夏に敢えて冬空の三田界隈をカメラでご紹介することで、もしかしたら少しは涼味を皆様にお分けできるかもと思うのは私だけか・・・・・
それでは、私と一緒に地下鉄「麻布十番駅」に降り立っていただき、三田界隈のブラタモリを味わってもらうことに致しましょう。

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地下鉄「麻布十番駅」の出口階段を上り目に入ったのは冬空に聳える東京タワー。既に工事中の東京スカイツリーに高さでは追い越されているが東京のランドマークとしての地位に揺るぎは無い。
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ブラタモリでの紹介は無かったが、昭和の面影が一杯の事務所ビルに惹かれて早速カメラを向けてしまった。
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ブラタモリで紹介された昔ながらの銭湯。この日は閉店となっていた。
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ブラタモリでポールに貼られた「やめてください」も文字が話題になった階段上の場所。何をやめてくださいと言っているのかは現地で皆様が確かめて下さい。
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このような昭和の面影を感じる建物が多いこの路地も再開発で消えていく運命のようだ。
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綱町三井倶楽部。三井家の迎賓館として1913年に著名な建築家ジョサイア・コンドルの設計で完成したルネッサンス様式基調の建築物。館内にはロダンの彫像を初めとして著名な画家の絵画も飾られている。敷地内には和式の庭園と洋式の庭園があり全体としても見所の多いところ。残念ながら一般公開はされておらず、倶楽部の会員しか利用できない。ここ綱町三井倶楽部のフレンチ料理は絶品で、ローストビーフは帝国ホテルと1・2を争うといわれている。ちなみに筆者は両方を賞味した結果、三井倶楽部のローストビーフに軍配を挙げる。 ここのすごい処はどの料理もおいしいことで、普通はメインがよかったけどデザートがスープがダメとか言う事が多くてコースすべてに満点があげられるレストランというには意外と少ないのである。ローストビーフに負けず劣らずおいしいのがコンソメスープで、機会がある方に是非ともに賞味していただきたい。
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綱町三井倶楽部の通りを挟んで反対側にある元郵政公社、現在のかんぽ生命・東京簡易保険事務センター。
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東京簡易保険事務センターの前に立つ「綱の手引き坂」の標識。平安中期に源頼光の四天王の一人だった渡辺綱が幼少の時に姥に手を引かれて登った坂ということで名づけられた。ちなみに綱町の由来は渡辺綱から来ている。
三井倶楽部の敷地内には渡辺綱が産湯を使ったという井戸が史蹟として残っている。
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神明坂は奥に見える赤い鳥居の元神明宮・天祖神社があることから名づけられた。
社伝によれば寛弘2年(1005)、一条天皇の勅命により創建された。渡辺綱の産土神であり、篤い崇敬を受けたという。天正年間(1573~92)徳川家より、神宝・御神体を飯倉神明(芝大神宮)に遷すよう命じられた。しかし、氏子の人々が「御神体だけは渡せない」と夜通し警護して守ったという。以来、芝神明に対して元神明宮と称されるようになった。
  1. 2011/07/13(水) 23:25:57|
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7月の新宿御苑

久し振りの新宿御苑です。4月の訪問以来3ヶ月ぶりでした。4月は桜の季節で桜他にも色とりどりの花が咲き乱れていましたが、すっかり夏の装いとなった新宿御苑は花よりは緑の木々が勢力を張っていました。

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青々とした芝生がまぶしい新宿御苑だった。

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前回は行けなかった内藤家の庭園にある「玉藻池」まで足を運んだ。濃淡の緑のコントラストが美しい日本庭園。

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風が無くて池面に反射した濃い緑の木々が趣の在る構図をかたどってくれた。

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また違った構図を作ってくれた池面に映る木の枝。

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木立の中の散歩道はとても涼しくて身持ち良かった。木漏れ日がおもしろい影を演出している。

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圧倒的な緑の中で頑張るバラ園のバラたち。

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腕自慢をする力瘤のように見えた枝に思わずシャッターを切ってしまった。

20110706新宿御苑 035A
木の形の惹かれてカメラを向けていたら、そこを人が横切って行ったのでシャッターを切った。

20110706新宿御苑 018A
玉藻池で身づくろいする鴨。
  1. 2011/07/10(日) 12:12:33|
  2. 新宿御苑
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スポーツ新聞 <東還連ニュース>

スポーツ新聞といえばスポニチ・報知・産スポなど皆様お馴染みの名前が上げることと思うが、報知新聞社の発行する『東還連ニュース』ヲご存知の方は少ないのではないだろうか。

それでは、どんな新聞なのか下記にその一部を紹介しよう。

東還連ニュース006A

見た目には普通のスポーツ新聞の野球欄と同じように見えると思う。それもその筈、プロのカメラマンと新聞記者によって作られている新聞なのである。

正式名称は『月刊東還連ニュース』、タブロイド版8ページ(頒価300円)で報知新聞社より6月から月1回発行されている。東京都還暦軟式野球連盟の一ヶ月間の還暦(K)リーグとPリーグの戦跡や監督・選手のインタビュー、写真やチーム紹介などが主な内容である。
購読希望者は東還連所属各チームの理事を通じて申し込むようになっているようだが、チームを通じた申込以外の場合には、報知新聞東京本社企画開発室(03-5489-1900)へ問い合わせして在庫があれば購入可能のようである。

昨今、巷でいわれているように新聞・雑誌など活字離れの現象が起きており、廃刊となる雑誌も多い。電子書籍やインターネットの影響で新聞を買わない、本屋で雑誌や単行本を買わない人が増えているそうである、
そんな中で、自費出版本が静かなブームになっているという話も聞くし、出版社もそちらに力を入れている、この
『月刊東還連ニュース』も正に報知新聞社が同じような発想で東京都還暦軟式野球連盟と打ち合わせて発行したようである。最低買取部数3000部が発行の条件だったと聞いている。

これからもこのような形での新聞の発行は増えてくるのかもしれない。
  1. 2011/07/08(金) 08:59:26|
  2. 時事問題
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京王線6000系引退 (その4) 動物園線追加

京王線6000系 (その3)で動物園線での6722Fを紹介したが、更に追加してお見せしたい写真が出てきたので追加編をお送りすることにしたい。

20110306競馬場線動物園線 029A
駅頭で貼られていた大型ポスター。このポスターは「ありがとうフェスタ」の最中に即売会で販売されていたがアッと言う間に完売となり、私は並んでも購入できなかった。

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こちらは車内に掲示された中吊ポスター。こちらも即完売で買えなかった。

DSC_1933A.jpg
車でガードをくぐる時に良く見かけたこの光景も見収めとなってしまった。

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並行して走る多摩都市モノレールから俯瞰撮影した6722F。多摩動物公園駅を出発して高幡不動へ向かうところ。複線用の路盤が確保されているのが良くわかる。

20110306競馬場線動物園線 099A
多摩都市モノレールから俯瞰した多摩動物公園駅と2番線から発着する6722F。

20110306競馬場線動物園線 034A
高幡不動ー多摩動物公園間で貴重な電車と同じレベルで撮影できるポイントで捉えた6722F。

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高幡不動駅1番線(動物園線専用ホーム)での6722F。お馴染みのこの光景も過去のものとなってしまった。

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多摩都市モノレールと6722Fとのツーショット、
  1. 2011/07/06(水) 17:24:13|
  2. 鉄道
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10年前の鉄道風景(6) JR飯田橋駅

1999年のJR飯田橋駅での撮影です。20世紀が終わろうとしてしていた時、中央緩行線にはカナリアイエローの103系とオレンジバーミリオンの201系が走ってました。そして中央快速線はすべてが快速線の代名詞として活躍していた201系のみの単一形式で運用されてました。そして21世紀に入って10年経った今はそれらのすべての色を快速線と緩行線で見る事ができません、見る事ができるのは無機質なステンレスの車体に申し訳程度にラインカラーのステッカーを貼付した姿の車両だけです。。栄枯盛衰・10年ひと昔、時の流れを感じさせられることになりました。

19990404飯田橋1AB快速線のオレンジ色の201系・緩行線のカナリア色の201系と桜の組み合わせはもう2度と見ることはできません。

19990404飯田橋2ABまだまだ塗装された車体の電車が幅を利かしていた時代だったことがわかる光景。103系と201系。

19990404飯田橋5ABオレンジ色の201系もばかりがやたらとイメージの中に染み付いてしまっていたが、201系のカナリア色も良い組み合わせだったと改めて再認識。

19990404飯田橋3AB待っていれば当たり前のように103系が撮影できた時代があったのだとしみじみ思いだしてしまう。

19990404飯田橋4AB昨年まではこの光景も見れたのだが、今は過去形でしか言えなくなってしまった。
  1. 2011/07/04(月) 23:42:33|
  2. 10年前の鉄道風景
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10年前の鉄道風景(5) 東急・東横線「都立大学」駅

1999年の都立大学駅でのスナップである。10年前の鉄道風景(4)東急・東横線「渋谷」駅でTOQ-BOXの9013F(シャボン玉仕様)をご紹介したが、今度はその時もう一本あるとお話したもう一つのTOQ-BOX9006F(虹・音符仕様)である。既に2本ともに2010年にTOQ-BOXステッカーをはずしてしまっている。さらに9006Fは5両編成に短縮されて大井町線へ移転されている。

19990404都立大1AB
1999年は未だ桜木町行きがあった。すでに9006Fの姿を東横線で見ることはできない。

19990404都立大2AB
日比谷線の乗り入れは減少傾向にあり、徐々に乗り入れの電車を見る機会が減っている、副都心線との直通乗り入れが始まった時に日比谷線の直通がどうなるのか気になるところである。今は菊名までの乗り入れとなっているので「日吉」の行き先表示も貴重な記録写真となった。東京メトロになる前なので営団のマークが付いていて懐かしい。
  1. 2011/07/02(土) 22:14:13|
  2. 10年前の鉄道風景
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京王線6000系引退 (その3) 動物園線専用6722F

いよいよ最後に引退した6000系、6722Fのご紹介です。
6722Fは6000系最後の新製車として1991年に誕生している。先入先出法則に従えば正しい引退の順序だったと言える。しかしながら6722Fは6000系の中では異端車で5扉戸袋窓無しというそれまでの6000系とはかなり異なる側面デザインだったことを考えると、6000系の最後が異色の5扉車6722Fであったことが惜しまれてならない。5扉の車両を見送っても何故か6000系のイメージとズレを感じてしまうのは私だけではないのではと思う。

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高幡不動駅にて動物園線専用の6722Fと予備車7802F。この日は「6000系ありがとうフェスタ」の為に展示される6722Fに代わって予備車である7802Fが動物園線の運用に就いていた。普段は動物園線の本務車と予備車が並ぶ光景はみれないので貴重なワンカットとなった。左の6722Fはこれから展示の為に「多摩動物公園」へ回送として向かうところ。このホームは動物園線の区間列車は入らないで新宿からの多摩動物公園行き直通が折り返し用に入るホームである。右側の1番線は動物園線ワンマン列車専用のホームとなっている。

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多摩動物公園駅で1番線で「6000系ありがとうフェスタ」の為の展示中の6722F。ちなみに区間列車は普段は2番線に発着していて、1番線は新宿からの直通列車が使用する。

20110227多摩動物公園 013A
普段入線している2番線では、こうゆうすっきりした編成写真が撮れないが、「6000系ありがとうフェスタ」のお陰で1番繊維に入ってくれたので、よいアングルでの編成写真が撮れた。

このようなイベントでは恒例となっているヘッドマークの付け替えサービスが6722Fに対しても行われたので以下にそのバリエーションをお見せする。
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  1. 2011/07/01(金) 22:24:11|
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nighttrain999

Author:nighttrain999
目黒区の都立大学で産湯を使い、長じて多摩ニュータウンに移り住んでン十年の”おじさん”です。サラリーマン渡世を無事に勤め上げて第二の人生を謳歌しております。
多彩な趣味のお陰で時間が足りなくて、とても仕事をしている暇がないという次第。
興味のあるものは: 鉄道・車・オーディオ・カメラ・地図・文学・歴史・音楽(特にJAZZ)・英国

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