ナイトトレインの平成・徒然草 ~心にうつるよしなしごとを書き連ねて~

《鉄道》《車》《音楽》《文学》等にまつわるよしなしごとを、つれづれなるままに書き連ねてまいります。  

せたがや梅まつり  Setagaya Ume(Plum) Festival

「第35回せたがや梅まつり」へ写真の撮影で行ってきた。会場は世田谷区立「羽根木公園」で小田急・梅ヶ丘駅から5分のところにある。ここが梅の名所であることを知らなくて今回が初めての訪問である。生憎と今年は寒さの為に開花が遅れていて、まだ1-2分咲き程度で梅の花を見るには早すぎた。
しかし「せたがや梅まつり」は2月4日~26日までの開催で昨日が最終日だった。梅の花はまだまだだが色んな催物があるせいか人出は多く大変賑わっていた。

ウイキペディア(Wikipedia)によると「羽根木公園」について下記のように説明されている。

全体として丘状の地形になっている。古くは一帯に「六郎次」という野鍛冶が住んでいたと伝えられ、「六郎次山」と呼ばれていた。その後、根津財閥の所有地となったため、「根津山」と呼ばれた(現在でも地元の古老には、そのように呼ぶ人がいる)。1956年に都立公園として開園し、1965年に世田谷区に移管されて区立公園となった。
公園内には、羽根木プレーパーク・野球グラウンド・テニスコート・区立梅丘図書館などがある。南側の斜面には梅林があり、毎年2月には「せたがや梅まつり」が行われる。かつてはプールが存在していたが、廃止された。
また、現在の羽根木公園は代田4丁目の一部であり、住居表示としての「世田谷区羽根木」から離れている。これは両地が共に旧・世田ヶ谷村の飛地だったことによる(両地共に、住居表示実施前は“羽根木町”という町名だった)。



せたがや梅まつり001A
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地図内右上のピンクの部分が梅林である。
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梅林はこんな具合でまだまだ見頃ではない。
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梅は寂しかったが、色々の催しや出店もあり、沢山オ人出があった。
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全く梅の花が見られない木もあったが、ちょこっと花の見られる木もあった。
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菅原道真所縁の太宰府天満宮から寄贈された「飛び梅」とその碑。碑の左右に紅白の飛び梅が見事に花を咲かせていた。DSC_4280A.jpg
園内の星辰堂では野点や抹茶サービスなども行われていた。
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警視庁騎馬隊による乗馬体験も行われていた。
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  1. 2012/02/27(月) 11:28:10|
  2. 季節
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特急ロマンスカー乗車位置案内板

引退するロマンスカーの写真を小田急新宿駅で撮っているうちにロマンスカーの乗車位置案内板が良く出来ているのに気がついた。3月16日限りで371系・RSE(20000形)・HiSE(10000形)の3形式が消えてしまうが、案内板はそれぞれの形式にあわせて作られており多彩なバリエーションがあることがわかった。現在MSE・VSE・EXE・HiSE/LSE・371系の5種類がある。細かく言うとMSEとEXEは10両編成のものと6両編成のものもある。
以下に各バージョンの写真を並べてご覧にいれることとする。


371系
これは「あさぎり」の371系仕様の案内板。
RSE2A.jpg
これは「あさぎり」のRSE仕様の案内板
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EXEの19両編成仕様の案内板
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HiSE/LSE仕様の案内板
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MSEの6両編成仕様の案内板
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VSE仕様の案内板
  1. 2012/02/23(木) 23:33:34|
  2. 鉄道
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RSEを多摩線と江ノ島線で撮影 Photos of Class 20000 on Tama Line & Enosima Line

昨日に引き続き小田急全線走破のRSE(20000)版を撮影した。多摩線は昨日と同じ場所であるが下りを至近距離で上りを俯瞰撮影でと、昨日と逆パターンで撮影した。昨日よりは風がなくて気温は昨日並みでも体感温度は昨日よりは高く感じられて待ち時間も苦にならなかった。
今日は、さらに江ノ島線でも撮影することにしたので、急ぎ足で駅へ向かいRSEを追っかけた。RESの到着より15分遅れで片瀬江ノ島駅へ着くとすでにRSEを囲んで沢山の人々がカメラをむけていた。ここには約45分の停車時間があるのでツアー客(と言っても大部分は鉄道ファン)もホームへ降りて撮影に余念がない。
私もホームで丹念に撮影した後RSEの発車より15分早く発ち藤沢本町ー善行間で撮影することにした。幸いここには先客が一人いただけで悠々と撮影できた。そして追っかけにフィナーレは下北沢駅ホームでのRSEの回送の撮影だった。幸い天気にも恵まれて絶好の撮影日和でRSEの撮影を満喫できた。

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多摩線下りの撮影。一時唐木田行きの「ホームウェイ」にRSEが充当されていた時期があったが、夜なので沿線での走行風景を撮る事が、やっと撮れたと思ったら引退記念の企画列車だったというのはちょっと複雑な気持ちである。
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多摩線で上りのRSEを俯瞰撮影。RSEは3月16日までに「ホームウェイ」に充当されてもう一度玉線を走る日があるのだろうか。
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片瀬江ノ島駅にてRSE側面に貼られたラストラン(THE LAST RUN)のステッカー。
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3番線はホームは全長が短くて鼻先がホームからはみでているRSE。
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間違いなくRSEが片瀬江ノ島に来ましたという証拠として駅名票を入れて撮影。
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片瀬江ノ島駅を出発する各駅停車の後部運転席越しに撮影したRSEのいる片瀬江ノ島駅構内。
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藤沢本町駅から善行駅方面に向かって少し歩くとカーブがあり線路は築堤を上り始めるところがあり、そこで上りのRSEを撮影した。
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築堤を上り始めたRSEを後追いで撮影。
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築堤上を新宿へ向かうRSE
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特別企画列車の任務を終了して新宿から回送電車として折り返してきたRSE第二編成(2002F)を下北沢駅で撮影。
  1. 2012/02/19(日) 23:38:05|
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小田急HiSE(10000形)多摩線を行く Odakyu Class5000 runs on Tama Line

本日小田急ロマンスカーの記念ツアーの一つ「10000形で小田急線を全線走破」の企画列車の写真を撮りに行ったご報告である。小田原線・江ノ島線・多摩線を走ったのであるが、一番10000形が日中走る可能性の低い多摩線で写真を撮る事に決めて、私の地元である小田急永山ーはるひ野間でカメラを構えた。通過時刻前後には結構な数のカメラマンがこの区間に並びカメラの放列を敷いた。本日は温度が低くて日中でも5度くらいの上、時折強烈な北風が吹くので待ち時間の体感温度は0度くらいに感じられて皆震えながら10000形の通過を待った。
多摩線には「ホームウェイ」が3本設定されtおり過去には私の乗ったホームウェイに10000形が運転されたこともあるのだが、なんせ多摩線を走る時間帯は夜なのでホームウェイの沿線を走る姿を撮影することは不可能である。今回のように臨時特急ロマンスカーが日中に設定されない限り走行写真をカメラに収めることはできないのである。


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上り線を唐木田から折り返してきたHiSE(10000形) 滅多に撮れないロマンスカーの多摩線の日中走行。特にHiSEはこれが最後の機会だろうと思う。
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下り線を折り返し駅である「唐木田」目指して下っていくHiSE(10000形)の後追い撮影。

  1. 2012/02/18(土) 20:22:07|
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小田急新宿駅で371系「あさぎり」 Series 371"ASAGIRI"at Odakyu Shinjyuku station

先日は小田急新宿駅におけるRSE(20000系)特急「あさぎり」を紹介したが、今回はJR東海の371系特急「あさぎり」を紹介する。3月のダイヤ改正以降はJRによる乗り入れは無くなり昔の特別準急時代のように小田急の車両のみによるJR御殿場線乗り入れという姿になってしまう。JRの車両が私鉄の小田急のホームに止まっておりお隣のJR総武線の車両と並んで見えるという珍光景も後1ヶ月の楽しみになってしまった。
それと逆にJRの新宿駅には東武鉄道の特急ロマンスカーが乗り入れてきているし、東武日光駅ではJRの特急車両が止まっており隣のJR日光駅のJR車両画見えるという珍光景は当分の間続く。
JRと私鉄の相互乗り入れや片乗り入れは結構多かったのだが最近はめっきり減ってしまった。

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発車案内表示にはRSEではなく371系のイラストが描かれているのは芸が細かい。3月17日からはイラストはMSEになり沼津行きが御殿場行きとなる。
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この日は常にカメラを持った人が多くロマンスカーを撮影していたが、371系の入線時刻には更にこのような一般の人も携帯電話のカメラで撮影していた。
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普段見慣れた小田急のロマンスカーとは異なる形態とカラーの371系に「カッコいい!」と賞賛の声が聞かれた。
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3月17日以降371系が廃車になるのかどうかは定かではないが、例え廃車にならず他の運用に回されたとしてこの方向幕にある新宿行き「特急あさぎり」の部分は使われなくなることだけは確かだ。
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私鉄のホームで見るJRのロゴとグリーン車のマークはインパクトがあるが、これも3月16日で見納めとなる。
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2階席と1階席が連続窓でつながっているこのデザインこそ371系の一大特徴。
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その特徴ある車両の形式名はサロハ371.
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371系との相互乗り入れを機会に運転区間が御殿場から沼津まで延長されたのだが、沼津までの利用客が少なかった為にダイヤ改正後はまた御殿場までに戻ってしまう。
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LSEと並んで停車中の371系。X枠の窓越しに黄色のライカラーの総武線の電車が見える。
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ホームで371系を「カッコいい!」といわしめたのはコノ角度から見た時だろうか。
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入線前は空席ありの電光掲示板が発車直前には満席となった。何故?と不思議に思ったが、疑問はすぐ解けた。この後のホームウェイ1号が満席なのと同じ理由。つまり帰宅時間帯故にこの「あさぎり」をホームウェイとして利用している人たちが多いのだと思う。大部分の人たちは「町田」「本厚木」ないし「松田」で降車してしまうのではないだろうか。
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多彩なロマンスカーが出入りした小田急新宿駅も3月17日からは寂しくなるだろうなと思いながら、発車間近の371系「あさぎり」を眺めていた。
  1. 2012/02/17(金) 23:46:09|
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詩の本『最後だとわかっていたら』 The poem titled "Tomorrow Never Comes"

アメリカ人のノーマ・コーネット・マレックさんの『最後だとわかっていたら』という詩を読んだ事がありますか。例のニューヨークの大惨事「9.11」の頃にインターネットに載って評判となって世界中に知られている有名な詩です。この詩が作られたきっかけは「9.11」とは直接のつながりは無く作者のマレックさんの個人的な経験が元になって作られた詩だそうですが、たまたま「9.11」のタイミングとあって共感を呼び話題になって、日本でも和訳されて本となり出版されています。

邦題『最後だとわかっていたら』 原題"Tomorrow Never Comes"
作者:ノーマ・コーネット・マレック 訳者:佐川 睦
発行・発売:サンクチュアリ出版
下記の出版元の公式ホームページを見るとその詩の全文を見る事ができます。
http://www.sanctuarybooks.jp/saigodato/

公式ホームページの最初のページに次のように書かれています。

もし、明日が来ないとしたら
わたしは今日、
どんなにあなたを愛しているか
伝えたい

子どもを、恋人を、兄弟を、親を
大切な人を想いながら、この詩を読んで下さい。

全文を此処に掲載することはできませんので、以下に詩の一部を抜粋してご紹介します。

-------------------------------------------------------------------
あなたが眠りにつくのを見るのが
最後だとわかっていたら
わたしは、もっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

(中略)

たしかにいつも明日はやってくる
でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるのだとしたら
わたしは、今日
どんなにあなたを愛しているか 伝えたい

(中略)

微笑みや 抱擁や キスをするための
ほんのちょっとした時間を
どうして惜しんだのかと
忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうして してあげられなかったのかと

(中略)

「ごめんね」や「許してね」や
「ありがとう」や「気にしないで」を
伝える時を持とう そうすれば
もし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

是非とも本を購入して、あるいは公式ページにアクセスしてこの素晴らしい詩の全文を読んで欲しい。

あなたの人生観が変わり、これからの生き方もきっと変わる事になると思います。この詩を読んだ人の感想文が公式ホームページにて見る事ができますが、異口同音にそのような感想を綴っています。

  1. 2012/02/16(木) 19:10:10|
  2. 文学
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小田急5000形を追って小田原へ Photos of Odakyu Class5000

12日(日曜日)にラストラン中の小田急5000形を追っかけして小田原まで行ってきた。小田原までの行程は運転室の後ろにかぶりついていたが、日曜日とあって沿線の撮影名所には必ず鉄道ファンが複数カメラを構えているのを見てとれた。5000形のみならずロマンスカーも一気に廃止になるのでかなりの皆さんがカメラを片手に小田急沿線に繰り出していたようだ。12日は5000形は4両編成という特徴を生かして終日新松田ー箱根湯本か小田原ー箱根湯本の区間運用に就いていた。まず最初に小田原駅で箱根湯本から到着する5000系を撮影して、その折り返しの5000形に乗って風祭駅まで行き、駅近くで上りの5000形を撮影してその電車に乗り小田原まで戻り、そのまま新松田まで乗車。新松田で引き上げ線に20分くらい止まっている姿を撮影して、下り箱根湯本行きとして折り返して行く様子を撮影して5000形のその日の撮影は終了となった。
小田原駅には20人近くのカメラマンがいたし、風祭駅周辺にも5-6人が居た。電車の車内でもビデオカメラ勝手に撮影するファンの姿が常時2-3人はいた。新松田の駅でも折り返す5000形を撮影するファンが20人以上いて大変な騒ぎであった。最後の小田急顔の通勤型電車である5000形も今は最後の1編成が残るのみという状態である。5000形は4両編成が1編成あるだけなので、これから廃止になるまでの1ヶ月弱は新松田ー箱根湯本間の区間運転に使われることが多いのではないかと見ている。


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箱根湯本から小田原駅の折り返しホームに入選してくる5000形4連。
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小田原駅の折り返しホームに停車中の5000形。
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3月のダイヤ改正で消えていく車両同士が揃ったところをスナップショット。この日は「はこね17号」の運用に就いていたRSE(20000形)が小田原駅を発車して行ったが、RSEの車体側面に停車中の5000形の姿が映っていた、
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5000形は昔の電車のセオリー通りに左にマスコン、右にブレーキハンドルという2ハンドルタイプ。ワンハンドルが主流になってしまいコこのタイプの運転室は希少な存在である。
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風祭駅へ到着する「新松田」行き上りの5000形。
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小田原駅で発車待ちの5000形新松田行き。
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新松田駅の引き上げ線で折り返しまでの間、しばしの休息時間を満喫中の5000形。
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引き上げ線を出て新松田駅の下りホームへ進入してくる50000形。
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箱根湯本行きになって新松田駅を出発していく5000形。
  1. 2012/02/15(水) 23:45:16|
  2. 鉄道
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鉄道レトロづくし Revival color and style on Railway related

朝日新聞の2012年2月6日夕刊の三面記事に”鉄道レトロづくし”と題して鉄道の駅が開業時の姿になったり、電車の色が昔のカラーに復元されるブームとして紹介されていた。

鉄道レトロづくし2月6日朝日夕刊A
記事では、東京駅や東武浅草駅が大正から昭和初期の姿に戻ることや、西武鉄道の特急レッドアロー(10000系)が初代レッドアロー(5000系)の塗装に復元されることや、東京メトロ銀座線の新しい車両(1000系)が地下鉄誕生時の黄色の塗装で登場することや、伊豆急行のリゾート21がトリコロールカラーから伊豆急開業時のハワイアンブルーに塗り替えられていること等が紹介されている。そして小田急では3月にロマンスカーの1編成を80年代半ばまで主流だったオレンジ色に塗り直すとあって、一瞬???と思った。なぜならロマンスカーLSE(7000形)の1編成は旧ロマンスカー色に復刻塗装されて既に一年以上前から走っているからである。そこで良く調べてみたら、小田急は3編成あるLSEの1本を来る2月20日で廃車にして残りの1本を復刻塗装して走らせるということらしい。つまり2本残るLSEはすべて旧ロマンスカー色になって走ると言うことだ。

新聞ではレトロカラーが昨今のブームのような取り上げ方をしているが、こと電車の塗装に関して云えば最近始まったことではない。古くは1989年に東急が旧3000系電車の引退に際して2本の電車をオレンジとブルーの復刻塗装にして走らせているし、小田急も保存車両2200形を登場時の黄色と青のツートーンに復刻塗装している。

また新聞に紹介されてない中小の私鉄でも復刻塗装がなされており、富士急・熊本電鉄・秩父鉄道・いすみ鉄道・ひたちなか海浜鉄道など枚挙にいとまがない。JRでも地方のローカル線で結構復刻塗装をみることができる。復刻塗装に関していえばここ20年来のブームと云っても良いのではないだろうか。

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昨年5月和泉多摩川駅で撮影した新ロマンスカー色のLSE(7000形)
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昨年5月和泉多摩川駅で撮影した旧ロマンスカー色のLSE(7000形)
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ハワイアンブルーに復刻塗装された伊豆急リゾート21(2100系)
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  1. 2012/02/12(日) 00:01:55|
  2. 鉄道
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小田急・新宿駅・RSE(20000形) Odakyu Class20000 at Shinjyuku station

惜別の意を込めて、3月16日をもって引退するRSE(20000形)の姿を瞼と画像にとどめんものと小田急・新宿駅に出向いてきた、小田急の新宿駅は地上と地下にホームがあり、地下は区間準急と各駅停車、地上は特急ロマンスカーと快速急行・急行のホームとなっている。特急ロマンスカーの発着する2番線・3番線ホームは独特の華やいだ雰囲気がありこれから箱根へロマンスカーに乗って向かうお客さんをうれしくさせてくれている。同じように有料特急の発着する東武浅草駅も似たような雰囲気を持っているが、有料特急の走るにもかかわらず京成上野駅と西武新宿・池袋駅にはそのような雰囲気はない。
この特急ホームの前にはオープンカフェがあり、そこで小田急ご自慢の多彩な特急ロマンスカーを眺めながらのTEA TIMEは鉄道ファンならずとも至福のひと時ではないだろうか。
関東の有料特急を走らせる私鉄の中ではこの小田急が特急の車種の多彩なことでは群を抜いている。御殿場繊に乗り入れる特急「あさぎり」はRSE(20000形)とJR東海の371系があり、特急「はこね」「えのしま」「さがみ」にはLSE(7000形)・HiSE(10000形)・EXE(30000形)・VSE(50000形)・MSE(60000形)が使用されている。
しかし、残念ながら3月16日のダイヤ改正以降からは「あさぎり」にはMSEが使われてRSEと371系は引退、そして「はこね」「えのしま」「さがみ」からはHiSEが引退して、一気に車種が減ってしまう。カフェからの多彩な特急の眺めの楽しみが半減ということになる。


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下り特急「あさぎり5号」として3番線で発車待ちのRSE(20000形)
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ダイヤ改正以降は減便が決まっている「あさぎり」。箱根行き特急に比べて沼津行き特急はホームにいる人影が少ない。「あさぎり」の減便を小田急が考えるのもむべなることかと思わされた。
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展望シートは無いが優美な鼻先はEXEにはないロマンスカーの気品がある。
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展望シートは無いが2階席があるのがRSEの特徴。
  1. 2012/02/09(木) 13:26:44|
  2. 鉄道
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写真展へいらっしゃい! 写真展<新宿御苑・心の自然> An Invitation to the Photo Exhibition

昔、田宮次郎主演のテレビドラマで「高原へいらっしゃい!」というのがあった。信州の野辺山高原にあるクラシカルな高原ホテルが舞台になっていた。テレビドラマの設定では人気のないホテルで廃業の危機に瀕していてそれを支配人役の田宮次郎が奮闘して客を呼び込み立て直すと言うものだが、実際のホテルは当時の野辺山・清里ブームの最中で超人気ホテルとなっていて大変な活況を呈していたと云う、なんとも皮肉なお話である。

ということで、相変わらず前振りが長いのが困ったことだが、今回は私の属する写真クラブの展示会へのご招待状である。
大学のゼミのOB会の中にある「写真クラブ」という大変稀有な存在のクラブであるが、非常に活発に活動しており毎月定例の撮影会を行い腕を磨いている。クラブの構成員はさまざまで常時写真コンテストに入選するセミプロ級の方から私のような初心者まで多彩な構成員で成り立っているクラブである。

今回初めて一般のギャラリーを借り切っての写真展ということで、クラブ各員は昨年の4月から毎月のように、人によっては月数回新宿御苑に通い展示会に出せるような作品を撮ろうと頑張ってきた。その成果をお見せできる機会が今回の展示会なのである。私のような人にお見せするには10年早いよと言われそうな写真も含まれてはいるが、私以外の写真はすばらしい力作揃いなので、来る3月の13日~18日には新宿御苑・新宿門横にある新宿御苑インフォメーションセンター・アートギャラリーに是非足を運んでいただけたらと思い、ご案内をさせていただく次第です。

<<明治学院 江友会 写真クラブ写真展>>

日時:2012年3月13日(火曜日)~3月18日(日曜日) 9:30-16:00 (最終日のみ15:00終了)
場所:新宿御苑インフォメーションセンター・ギャラリー  入場無料

インフォメーションセンターは新宿御苑新宿門外の横にありますので、くれぐれも入園料を払って入園されないようにご注意ください、


御苑写真展001B
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こちらが新宿門の横にある「新宿御苑インフォメーションセンター」 写真の右側に新宿門があり、インフォメーションセンターは苑内ではなく苑外にあります。


  1. 2012/02/09(木) 11:00:54|
  2. 写真・カメラ
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定年人生を心豊かに Hints for enjoing retirement life

中国の古典に『黄帝内経(こうていだいけい)』という漢の時代に書かれた医学書があり、そこには東洋医学の根本となる考え方が書かれている。そこでは、人間の一生の過程において、女性は「7」、男性は「8」の倍数の年齢に、体に変化が表れるとされてます。若さがずっと続けばいいと考える人は沢山いますが、実際それは無理な事で、年とともに衰えていくのが人間の自然な姿なのです。
東邦大学東洋医学科教授の三浦先生は、次のように言ってます。

大切なのは、若返ることではなく、病気になる手前の未病の段階で防ぎ、より健康で元気な生活を送ること=養生することです。そのためには、自分の体の声に耳を傾け、体の要求に従うこと。たとえば、だるかったら休む、体が冷たかったら温めるなど、不足しているものを補い体の調子を整えるのです。東洋医学では「腎」の働きが衰えると生命力が落ちると言われてます。そのため、生薬を煎じたり薬用酒として摂り入れたりする漢方薬は、西洋医学の薬のように病気に直接作用するのではなく、体の調子を整えて、生気や機能を正常に近づけるよう考えられてます。東洋医学は予防医学ともいえます。

三浦線先生は「養生の為の4つのポイント」を上げてます。

ポイント1:食事 腹八分目を心掛ける
ポイント2:呼吸 特に深呼吸は副交感神経の働きを高め、体の回復を良くして気持ちをなだめてくれる
ポイント3:体を動かすこと 無理せず、適度な運動が大切
ポイント4:考えること ただし、思いすぎず、悲しみすぎず、畏れすぎないのが大事

さて、前振りが長くなってしまったが、ここからが本日の本題である。
皆さんは「横井也有」という人をご存知だろうか。300年前の江戸時代、尾張藩で大番頭、寺社奉行を務め、53歳で職を辞すると、82歳で亡くなるまで風雅な隠棲生活を送っている人である。彼の死後に出版された『鶉衣』は江戸俳文の最高峰とされ、充実した第2の人生を願う現代人にも示唆に富む内容の本である。かくゆう筆者も未だこの本は読んでなく、エッセイストの岡田芳郎氏の紹介でこの本を知り是非読んでみたいと思う次第なのです。
今よりずっと寿命の短かった時代に、他有は82歳まで長生きしています。そして60歳を迎えた時に、彼は「年老いて恥多し」と書いている。他有がそこで云いたかったのは「60まで生きたことは大変喜ばしいことだが、第1線から身を退いたら身の処し方を考えよ」ということではないか。しゃしゃり出ず、あらゆるしがらみを振り捨て、自由を大事にしようということではないか。人生は有限だから、周りの人を大切に、やりたいことを今やろうじゃないかということ。「現役人生」に自分で幕を引く、つまり、幕を引く余力が残っている時に自分で区切りをつけて、余力で新たな充実を求めるということ。そして、自分の役割を常に開発していく、どんなことでもいいから人生のドラマの主役は自分であるのだから、傍観者にならずに自分自身が登場人物として活躍することを考える、さらに、常に外部のものを取り込む仕掛けを持って、閉じこもらないようにすることが大事。要は、自分なりのテーマを見つけて、そこに向かって挑戦していく気持ちが大事なのだ。

以上は、『楽隠居のすすめ~鶉衣のこころ』を出版された岡田芳郎氏の言葉である。

更に岡田氏は言う、

会社勤めから開放されたら、束縛されるものはないし、結果を問われることもないわけですね。だからこそ、魅力的な人間であり続けることが大事だと思います。では、魅力的な人間とはどういう人のことか。私なり整理しますと、「社会的な存在感」「美的な価値」「未来展望」の3つを兼ね備えている人だろうと思うんです。
「社会的存在感」は、社会の一員としての存在感ということです。「美的な価値」は、物腰や態度の美しさ、「未来展望」は、先々の夢や展望を持っている人かどうか。将来をみつめている人には発展性がありますよね。
定年になって会社や役職から離れるということは、それまでの「社会的存在感」を失うということです。その時に、「美的な価値」や「未来展望」も同時になくしてしまう人が居る。定年後の人生を生き生きと過ごすには、それでは困る。では、どうするか。定年後に「社会的存在感」「美的な価値」「未来展望」の3つを自分を基準に再構築すればいいんです。

第二の人生をいかに生きるべきかを自分に問うてきた私にとっては上記のことは大変示唆に富む内容で、非常に感化させられた。これらの示唆に富む内容を糧にして私の第二の人生を構築して行きたいと思っている。

  1. 2012/02/07(火) 11:23:46|
  2. 時事問題
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特急「あさぎり」から引退するJR371系 JR Series 371 To withdraw from Limited Express"ASAGIRI" operation

引退のうわさはあったものの未だ早いという印象が強い特急「あさぎり」からのJR371系の引退は、私には晴天の霹靂であった。すでに何回か371系は撮影をしているものの最後の姿をカメラに収めておこうと思い撮影に向かった。日曜ということもあり、小田急の沿線にはカメラを構える人の姿が目立つ。小田急の5000形・HiSE(10000形)・RSE(20000形)も3月16日で引退することになっているので小田急線を走る合計4形式が3月のダイヤ改正で一気に消えることになる、

2月1日から駅頭及び車内に引退を知らせるポスターが掲示されているし、引退記念の特別企画もホームページに紹介されており、小田急電鉄の引退にかける熱意も半端ではないことがわかる。


DSC_3721B.jpg小田急永山駅の窓ガラスに貼付された「想いは引き継がれる」の引退記念のポスター。
DSC_3735A.jpg狛江駅を通過する上り「あさぎり2号」371系。
20120205小田急あさぎり 034A和泉多摩川駅を通過する下り「あさぎり3号」371系。
20120205小田急あさぎり 035A和泉多摩川駅を通過する下り「あさぎり3号」371系。
DSC_3760A.jpg和泉多摩川駅を通過する下り「あさぎり3号」371系。後追い撮影。
20120205小田急あさぎり 047B
下り「はこね15号」の運用に就くRSE(20000形)
  1. 2012/02/06(月) 00:37:09|
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鉄ちゃん御用達トイレ Rest Room decorated with railway pictures

鉄ちゃん御用達トイレが京王新線新宿駅にあるのでご紹介したい。皆さんは駅などの公衆トイレに入ると「いつも綺麗に使っていただきありがとうございます」等の貼り紙を目にする機会があると思うが、なんと言うことかその貼り紙が鉄道車両の写真になっているトイレがあるのを発見した。私も良く利用する京王新線新宿駅のトイレの例の貼り紙がなんと電車の写真になっているのを発見してびっくり。
しかも使われて写真が渋い、鉄道ファンが喜ぶ京王線の今は引退して見ることの出来ない2000系・5000系・6000系の写真を使っている。
鉄道ファン向けの展示会がトイレで開催されているかのような光景が展開されているこのトイレ、ご興味のある方は是非ともお立ち寄りいただきたい?

私も、これからは新宿でトイレに御用のある向きにはここを利用しようと思ってます。

このお話をするにあたっては写真がないとインパクトが無いと思い写真を撮ることにしたが、まさか使用中の人がいるところを撮る訳にはいかないので利用者の居ない時を狙ってシャッターを押したのだが、利用者の多い新宿駅なのでなかなか利用者が途切れないので随分と待たされての撮影となった、


DSC_3714A.jpg御用中の目の前に2000系・5000系(名車として人気のある車両)・6000系のずらりと並ぶトイレ。
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調布駅での5000系と6000系。
DSC_3718A.jpg
DSC_3719A.jpg
DSC_3720A.jpg
笹塚駅での5000系。
  1. 2012/02/04(土) 17:10:57|
  2. 鉄道
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100分de名著「徒然草」 Japanese fine classical literature "Turezuregusa"

NHK教育TVの100分de名著で兼好法師の『徒然草』を取り上げていた。私のブログのタイトルにも使わせていただき、知らない人の居ない名著『徒然草』。知っているようで実は良く理解していなかった事を悟らされた番組であった。高校の時だったと思うが古文の授業で登場してすっかりファンになってしまった『徒然草』、しかしその後授業で取り上げられた序段の他いくつかの段を読んだだけで徒然草のすべての段を読みつくしてはいない。そしてわかったような顔をして『徒然草』について語りついにはブログのタイトルまでにその名を拝借してしまった自分を恥じる事になった番組だった。これを機会にもう一度『徒然草』に真剣につきあうことを考えている、番組で得られた知識を元にして、まずは全段を読み通してみたいと思う。

番組の講師を務めた荻野文子先生のテキストの文を紹介しよう。

 『徒然草』は「人生論」のように思われていることが多いのですが、この本はあくまでも随筆であり、兼好という人が、自分の目に映る日常の断片について、その時々の意見や感想を述べたものにすぎません。
 また、兼好という人は、貴人でもなく、名僧でもなく、いわゆる人生の勝ち組の人ではありません。負け組みとまではいいませんが、出世コースからはまるではずれた人でした。二条流の和歌四天王の一人といわれていますが、当時の歌道の第一人者にまでのぼりつめたわけでもありません。何物でもない、あるいは、何物にもなれなかった、いわば好事家です。
 にもかかわらず、なぜ『徒然草』は人生の達人の書のように見えるのでしょうか。それは、この人が何物でもなかったゆえに、何ものにも耽溺しない透徹したまなざしをもって、世の中を見通すことができたからだと思います。そんな大いなる逆説から名著となったのが『徒然草』なのです。
 実際、書いた当時には注目されず、江戸時代に書かれた注釈書によってその存在が知られることとなり、陽の目を見る事ができましたが、何者でもない者によって書かれたブログのような随筆ですから、埋もれていてもおかしくありませんでした。現在、私たちが『徒然草』を名著として読めるのは、全く奇跡的なことなのです。
 一般に、日本人は肩書きや権威に弱いところがあります。大物政治家とか、文豪とか、著名な学者とか、名医とか、宗教の権威といった、いわゆる偉人が著したもの、あるいは、権威の後ろ盾を得て書かれたものをありがたがる傾向が強いと思います、その意味では、『徒然草』のような本が名著として何百年も読み継がれるのは珍しいケースといえます。   -----中略ーーーーーーー
 極度の情報化社会の中で、また、閉塞した未来に向き合いながら、現代の私達はまことに忙しく生きています。目先のことにとらわれ、複雑な人間関係に煩わされ、将来の心配をしながら、せせこましく暮らしています。だからこそ、、いま、 私はみなさんに『徒然草』を読むことをお勧めしたいのです。
 というのも、兼好の生きた頃もけっしてよい時代ではなく、動乱の気配がたちこめ、価値観が揺らぎ、明日はどうなるかわからないような世の中でした。すでに武家の時代で、兼好のような下級公家はまったく浮かばれません。そのような中にあって、兼好はじつに飄々と人生を送りました。「人は人」「自分は自分」。世知辛い世の中で自分らしさをまっとうし、とても身軽に生きたのです。それは、現代社会にもフィットする有り様ではないかと思います。 

~~~ 引用終了 ~~~

実は私も人生の勝ち」組ではなかったという点では兼好と同じですが、残念ながら兼好のような「何ものでもなかった人の優れた観察眼」を持っているわけではなく、このブログも決して後世に残るような随筆になるわけではないことは承知してしております。私の残り少ない人生を、もう一度『徒然草』を読み解きながら少しでも兼好の生き方に習っていけたらいいなと思っている次第です。
  1. 2012/02/03(金) 11:02:49|
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ダイヤモンド富士 Diamond brilliant Mt.Fuji

冬の季節限定の特別光景「ダイアモンド富士」の撮影を試みたが、完璧なダイヤモンド富士を撮影することはできなかった。太陽が富士山の頂上付近で昇り降りする時に見られるダイヤモンドのような輝きをダイヤモンド富士と呼んでカメラファンは撮影をしている。ネット上でもいくつかの成功例の写真が紹介されているので完璧なダイヤモンド富士を見たい方はキーワード「ダイヤモンド富士」をインプットしてネット上で鑑賞されると良い。
私の撮影は残念ながら完璧なダイヤモンド富士ではないがその雰囲気を少しはお伝えできると思う。先日のNHKの朝のニュースで都内23区に沢山ある富士見坂の一つから中継をしてそこから見えるダイヤモンド富士を紹介していたが、都内の富士見坂はそのほとんどが高層ビルに邪魔されて富士山を見る事ができなくなっているそうです、今回の中継された「富士見坂」が唯一の富士山が見通せる富士見坂だそうである。その貴重な富士見坂も富士山との間に高層ビルが建つ計画があるそうで、23区内最後の富士見坂が消えるとのことで大騒ぎになっているそうだ。
ありがたいことに多摩市からは至る所で富士山を見ることができる。今回撮影したのは京王相模原線若葉台駅前のショッピングセンタービルの屋上駐車場からで、日没後の富士山のシルエット撮影は私の自宅近くの丘の上からである。


20120129若葉台 002A若葉台駅前のショッピングセンタービルの屋上駐車場から撮影した「ダイヤモンド富士」もどきの写真。
20120129若葉台 016A自宅近くの丘の上から撮影した日没後のシルエット富士山。
  1. 2012/02/02(木) 23:21:25|
  2. 季節
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昭和の遺構(番外編2) 渋谷駅連絡通路 Transfer Passage at Shibuya Station

平成24年度に東横線の渋谷駅の地下化と副都心線との相互直通運転が予定されており東急・東横線の地上駅が消える日も遠くない。これにより東横線渋谷駅跡地を再利用する為の渋谷駅再開発計画がある。その概要は平成15年渋谷区発行の「渋谷駅周辺整備ガイドプラン21」と平成20年渋谷駅街区基盤整備検討委員会発行の「渋谷駅街区基盤整備方針」という冊子から見てとることができる。
それによると単に東横線の地上渋谷駅跡の利用だけでなく、東急デパート・東横店も取り壊して渋谷駅全体をシャッフルしてゼロベースでの再開発を行うような計画になっている。つまり今の渋谷駅の景観はすべてが生まれ変わって新しい渋谷駅になるという渋谷駅誕生以来の大変貌計画なのである。
今回はそれによって消えてしまうであろう東横線正面改札から山手線中央改札を結ぶ連絡通路(昔は外から見ると連絡跨線橋の趣があったが今は外からはほとんど見えないのでその趣を見ることは不可能)を取り上げて見たい。随所に昭和の遺構として痕跡を見る事ができる。


DSC_2303A.jpg左手が銀座線の降車専用改札で右手に山手線・埼京線の中央改札がある。正面の階段を下りると東横線正面改札に出る。
DSC_2308A.jpg通路の壁や天井は厚化粧されて昔の面影を隠しているが、この写真の部分に羽目板形状の壁が残り昔の姿を忍ばせてくれる。
DSC_2311A.jpgかつてはこの連絡通路の下の山手貨物線をD51の牽く貨物列車が走っていたことを誰が知るだろうか。
DSC_2314A.jpg
連絡通路へ登る階段を東横線正面改札口側から見た写真。右側の銀座線降車専用階段は厚化粧されておらず当時のままの姿で残る。
DSC_2316A_20120201235901.jpg銀座線の降車専用階段を見上げるとこのような感じで、近代化されている渋谷駅にもこのような部分が残っている事に驚きを感じる。
DSC_2307A_20120202221006.jpg
東京メトロ・銀座線の降車専用ホームの改札口。山手線・埼京線の中央改札と対面に位置していて乗り換えには最適な改札口である。筆者の中学・高校時代に友人との待ち合わせに山手線の中央改札前を指定することが多く、ここは色々な思い出が詰まった場所でもあるので無くなるとなると一抹の寂しさを感じる。
  1. 2012/02/02(木) 00:01:27|
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プロフィール

nighttrain999

Author:nighttrain999
目黒区の都立大学で産湯を使い、長じて多摩ニュータウンに移り住んでン十年の”おじさん”です。サラリーマン渡世を無事に勤め上げて第二の人生を謳歌しております。
多彩な趣味のお陰で時間が足りなくて、とても仕事をしている暇がないという次第。
興味のあるものは: 鉄道・車・オーディオ・カメラ・地図・文学・歴史・音楽(特にJAZZ)・英国

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