ナイトトレインの平成・徒然草 ~心にうつるよしなしごとを書き連ねて~

《鉄道》《車》《音楽》《文学》等にまつわるよしなしごとを、つれづれなるままに書き連ねてまいります。  

総天然色の鉄道風景(その10) 急行「ニセコ」

「総天然色の鉄道風景」の記念すべき10回目には1970年8月に小樽~塩谷間で撮影したC62重連が牽引する急行「ニセコ」をご紹介する。列車が峠を越える際に補助の機関車を連結してその力を借りて峠越えを果たすことがよくあるが、その際に補助の機関車を列車の後ろに付けるのが後補機、前に付けるのが前補機で、前補機1台付けると重連、2台付けると3重連になる。ファンの間で伝説になっているのが、東北本線「奥中山」の三重連・花輪線「竜ヶ森」ハチロク三重連・伯備線「布原」D51三重連であるが、重連でも三重連に負けない迫力でファンの間の伝説になっているのが、この函館本線(通称山線)のC62重連である。
ジェット機のような音とファンに形容されるC62重連の音はその現場に立ち会ったもののみが知る至高の世界である。レコードに映像にその活躍する姿は沢山残されているが、実際の姿と音はリアルタイムで感じたものとは異なる。その貴重な体験をさせてもらったことは私にとっては大切な宝となっている。今でもこの写真を目にすると当時のジェット機のような音がだんだんと近付いてきた時の情景が昨日のことのように鮮明に浮かびあがってくる。昭和32年までに北海道に揃ったC62の7両は急行「あかしあ」・「大雪」・「まりも」の牽引にあたったが、「あかしあ」と「大雪」はほどなく気動車化されて「まりも」のみが客車列車として残りC62重連で活躍した。その後列車名は「まりも」→「ていね」→「ニセコ」と変遷している。

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重連となるのは長万部~小樽で蕨岱付近の15パーミル、上目名付近の20パーミル、倶知安付近の20パーミル、銀山付近の20パーミル、小樽・塩谷間の20パーミルといくつかの峠越えがあり、この写真はその峠越えの一つ小樽ー塩谷間で撮影したものである。前補機はファンに人気のスワーローエンジェルことC622.

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  1. 2012/09/27(木) 10:13:36|
  2. 総天然色の鉄道風景
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総天然色の鉄道風景(その9) 大夕張鉄道

1970年8月に訪問した大夕張鉄道の写真をご紹介する。撮影したのは「シューパロ湖」駅付近で、勾配を上ってくる9600タイプの蒸気機関車No.3に牽かれた列車は歩くのと同じ位の速度だった。
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  1. 2012/09/24(月) 00:06:24|
  2. 総天然色の鉄道風景
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シャンティ湘南 第4回定期演奏会

逗子文化プラザ。なぎさホールで開催された、純正律アカペラ男声合唱団シャンティ湘南の第4回定期演奏会を聞きに行って来た。主宰の阿部俊氏は長年音律の研究をされてきた方で純正律の伝道者でもある。また合唱指揮者としての経験も長く来年で指揮者歴60年の節目の歳を迎える。先日はFMビーチ湘南でゲスト出演されて純正律について熱く語っておられた。明治学院のグレゴリーバンド再興に関わり再興1年目の東京都合唱連盟主催の合唱際で「抜群の第一位」と激賞された経歴の持ち主でもある。
純正律アカペラ男声合唱団はトップテナー2名、セカンドテナー3名、バリトン3名、バス2名の構成で美しい純正律ハーモニーを聞かせてくれた。残念ながら私の耳では純正律ハーモニーを聞き分けられなかったが、プロかと思うほど素敵なハーモニーだけは理解できた。
コンサートは、1部「In the Chapel」、2部「多田武彦作品集より」、3部「Popular Music Album」、4部「Negro Spiritual」で構成されて素晴らしい演奏を堪能させてもらった。
やはりクリスチャンの阿部俊氏ということからもわかるように、1部の宗教曲の出来が良かった。ベストは1部最後の曲「Gloria (Messe Solennelle No.2)だった。
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なぎさホールは優れた音響空間を提供することでも知られており、プロのライブ音源の録音でも良く使われているそうであり、音の響きの良さが加わって大変素晴らしいアカペラハーモニーを聴く事ができた。

  1. 2012/09/23(日) 10:34:18|
  2. 音楽
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逗子のイタリアンでランチ Lunch at "bla on the beach"

女房と逗子で行われた演奏会に行ってきたが、お昼を地元の友人ご推薦のレストランで食して来た。逗子の小坪港近くに別荘を持つ友人ご推薦のレストランが逗子駅近くでは2軒あり、スープカレーのおいしい”Harry’s Bar”、もう1軒はパスタのおいしいイタリアンレストラン”bla on the beach”。 行きの電車の中でどちらにするか決めかねたまま逗子駅に降り立ち、とりあえず駅から近いHarry' Barを目指したが、ランチは平日のみと言うことでシャッターが降りていて、必然的に”bla on the beach”に決定。7坪だが小洒落たインテリアが良いムードを醸し出していたお店である。ワイン好きの友人の推薦の店なのでワインを所望したが、普通のハウスワインを頼んでしまい失敗した。味は可もなく不可もなくということで当然の結果。少し奮発してお薦めのワインを頼むべきだったと反省。自家製生パスタがチョイスできるので、私はタリアッテレ、女房はレジネッテを選んで、私はツナのラグソースだった。生パスタを使っているのでモチモチ感のある独特の食感が楽しめた、ソースも美味しくて、我家のグルメリストに載る店に決定した。
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小さな店構えでうっかりしていると見過ごしてしまいそうだった。
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センスの良い室内が味への期待感を高めてくれる。
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私の選んだ麺(タリアッテレ)を使ったツナのラグソース。
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  1. 2012/09/22(土) 22:46:04|
  2. 食事
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総天然色の鉄道風景 (その8) 小沢駅を出発する二つ目キューロク牽引貨物列車

1970年8月大学の鉄道研究会の夏期合宿で2度目の北海道訪問。その時に函館本線(山線)小沢駅で胆振線仕様の二つ目キューロクの牽く貨物列車の発車を撮影している。小沢駅は岩内線(1985年7月廃止)の分岐駅でもあったので、小規模の乗換駅として非常に好ましい雰囲気のある駅でもあった。筆者は1970年の訪問以降、北海道へは足を踏み入れてないので小沢駅の現在を確めてはいないが、今でも駅構内の雰囲気は当時に近い状態が保たれているそうなので、もう一度撮影に訪れて見たいと思っている。

1970北海道 022A
  1. 2012/09/17(月) 20:57:21|
  2. 総天然色の鉄道風景
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倉賀野駅 臨時貨物8076レ リゾートやまどり

"高崎鉄道ふれあいデー"の帰りに倉賀野駅に止まっていたEF65牽引の貨物列車に惹かれて下車した。倉賀野発川崎貨物行きの臨時貨物8076レ。EF65に牽かれた5両のタンク車編成(タキ1000形5連)の貨物は列車は、まるで模型の世界の貨物列車のように私の目に映った。倉賀野駅で撮影をしている時に、今まで見かけながら撮影をすることが出来なかったジョイフルトレインの「リゾートやまどり」がやってきて、あまり良い撮影アングルではなかったが、やっとその姿をカメラに収める事ができた。

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DSC_0271A.jpgタキ1000形タンク車は石油輸送貨物列車の高速化の為に誕生した車両で、タキ1000の導入により75kmから95kmに運転速度が向上した。
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高崎車両センターの留置線に「そよかぜ」のヘッドマークを掲げた185系を見かけて、帰りの電車の運転席越しに撮影。その姿は、昔の157系による臨時特急列車「そよかぜ」を彷彿とさせて、私を何十年前(1968年夏に東京ー中軽井沢間に157系7両編成を使用した臨時特急「そよかぜ」を運転)にタイムスリップさせてくれた。

  1. 2012/09/16(日) 11:03:28|
  2. 鉄道
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旧客・211系・107系・110系

高崎鉄道ふれあいデー・車両展示会場には並んでいなかった車両たちをご紹介したい。
DSC_0240A.jpg会場の横を颯爽と走る八高線の気動車キハ110系2連。
DSC_0188A.jpg洗浄機体験試乗車として会場にいた107系。上越線・信越線・吾妻線・両毛線で使用されている。107系100番台の1次車。
DSC_0223A.jpg展示対象では無いので写真を撮りにくい位置にいた旧客。オハ47とスハフ322357.
DSC_0224A.jpg旧客スハフ422173.
DSC_0215A.jpg車両休憩コーナーとして使われていた211系。

  1. 2012/09/15(土) 17:18:59|
  2. 鉄道
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上信電鉄 Joshin Electric Railway

高崎鉄道ふれあいデーの会場から上信電鉄の車両を眺める事ができたのでスナップ写真でご紹介したい。

クモハ153-クモハ154通称「シマウマ号」こと群馬サファリパークの広告電車である150形(クモハ153+クモハ154)。元西武の800系。
クモハ503-クモハ504500形第二編成(クモハ503+クモハ504)。 元西武の新101系。
デハ252-クハ1301デハ252(250形)+クハ1301(1000系)
クモハ151-クモハ152
150形第一編成(クモハ151+クモハ152)。 元西武の401系。看板に半分隠れてしまっているがデキ1形がちらっと顔を覗かしている。
クモハ103-クハ103
100形(クモハ103+クハ103) こちらは現役車両ではなく1996年に廃車になり,ここ高崎駅構内で倉庫代用として生き残っている元西武の451系。元西武の451系はほとんどが廃車・解体されており残ってないので、名目は倉庫代用ということであるが、実質上静態保存となっているのは貴重でありがたいことである。

  1. 2012/09/12(水) 11:00:38|
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湘南色115系 Series 115 painted with Shonan color

急速にその数を減らしつつある湘南色の115系。ここ高崎地区では3両・4両編成で、上越線・信越線・吾妻線・両毛線で活躍している。

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高崎駅にて115系3両編成。
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  1. 2012/09/11(火) 11:36:11|
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高崎鉄道ふれあいデー Takasaki Railway Festival

この種の催し物は多いが、高崎での期待は機関車である。機関車牽引の列車が激減して電車や気動車ばかりになっている中で、ここ高崎車両センターには蒸気機関車・電気機関車・ディーゼル機関車の全てが揃っている。今回の展示コーナーには、電気機関車からはEF551/EF6439/EF65501が、蒸気機関車からはD51498が、ディーゼル機関車からはDD51842が選択展示された。どれをとってもファンには興味深い機関車でうれしいサービスである。
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D51498は尾久車両センターでも展示されて撮影しているが、その時は無火だった。今回は有火で煙が上がっているのがうれしい。DD51842はお召し仕様。
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リアルタイムでD51が「特急はやぶさ」を牽引したことはないが、これはご愛嬌。
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DD51842はリアルタイムにお召し列車を牽引しているので、意味あるお召し装飾である。
DSC_0231A.jpg九州ブルトレの全盛期に牽引したのがEF65の500番台。当時ブルトレを追っかけた鉄道少年が撮影したのがこのEF65の500番台だったはず。歴史考証的にはこのEF65501に「はやぶさ」のヘッドマークを掲げて欲しかった。
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  1. 2012/09/11(火) 08:29:50|
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高崎でムーミンに逢ってきた。 Meeting with Mumin at Takasaki

高崎で「ムーミン」に逢ってきた、と云っても人気アニメのキャラクターの「ムーミン」ではない。鉄道ファンの間で「かば」「ドタ靴」「ムーミン」等の愛称で親しまれているJR東日本の保存電気機関車EF55形が、久し振りに『高崎鉄道ふれあいデー』で公開されると聞いて、遠路はるばる高崎まで撮影に出かけていった次第である。1962年に晴海の東京国際見本市会場で行われた「鉄道開通90周年記念・伸びゆく鉄道科学大博覧会」でEF551が展示された時に逢って以来の再会であった。
EF55は1936年(昭和11年)3両が日車・日立・川車で製造されて東海道線で特急の牽引機関車として活躍した後高崎機関区に転属して1962年に3号機が、1964年に1号機・2号機が廃車となり1号機のみが解体を免れて中央鉄道学園で保存の後、高崎第二機関区に移されて保存された。その後奇跡の動態復元がなされて1986年に車籍も復活して上越線でイベント列車などを牽引して活躍したが、老朽化により不具合が出るようになり車籍維持のまま、2009年1月18日の「さよならEF55横川号」牽引を最後に現役引退して高崎車両センターで静態保存されていた。


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EF55を後ろ姿。こちら側は流線型ではない、この前後の異なる形態故に蒸気機関車と同じく転車台を必要とすることになり、わずか3両で生産を打ち切り増備されなかった。

  1. 2012/09/10(月) 11:46:16|
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銀座線1000系を渋谷駅で撮る Series 1000 of Metro Ginza Line

未だ1編成しか導入されておらず、なかなかその姿を見る事ができない東京地下鉄・銀座線の1000系を渋谷駅で撮影する事ができた。東京地下鉄の1000系は現行の01系を置き換える目的で導入される新型車両で、昭和2年に銀座線(当時は東京地下鉄道株式会社)に東洋初の地下鉄車両として登場した1000形をモチーフとして設計された車両で、今流行のレトロ車両と呼ばれているが、レトロな外観とは対照的に中味は最新の技術がぎっしりと詰まっている車両である。1000系は01系と同じアルミ車体であるが、塗装ではなく、車体にレモンイエローのシートを貼り付けるフルラッピングで昔のレモンイエローボディを実現している。屋根にも昔の赤錆色を実現しており、かなり忠実に昭和2年の1000形を再現している。

渋谷駅は大きな変革の時を迎えており、これからの10年でその景観が大きく変わることになっている。東急東横線の渋谷駅地下化(既に地下駅は完成して副都心線が使用中)が平成25年3月16日と発表されており、東急デパート東横店も同じく来年3月で閉館されることが決まっている。今年4月に元東急文化会館跡にオープンした商業施設「ヒカリエ」への連絡通路が完成した事により、北側に並行していた元東急文化会館への連絡通路の取り壊し撤去作業が始まっていて、既に渋谷駅の景観は大きく変わりつつある序章の段階にある。銀座線の渋谷駅も相対式ホームが島式ホームになり位置も表参道側に移動することになっているので、ちょうど新1000系の写真を撮ったあたりがホームになることと思う。そうすると唯一銀座線の車両が外で撮れる場所が駅になり構造物に覆われてしまうので、このような写真が撮れるのも今のうちということかもしれない。
DSC_0625A.jpg高架橋左側のビニールシートで覆われているのが元東急文化会館への通路の撤去中の工事現場。ほとんど撤去されていて最後の部分の撤去中であった。
DSC_0631A.jpg背景のビルが東急デパート東横店東館(オリジンは昭和9年に開店した東横百貨店)。今では許可されないであろう渋谷川を跨いで建築された東横百貨店、外装は改装されてて面影をしのぶことが出来ないが、開店時は、四角い建物に四角い窓を規則的に配置したインターナショナルスタイルの設計建築物であった。ちなみに、設計したのは建築家・渡辺仁氏で、九段会館・東京国立博物館本館・銀座和光(服部時計店)などの設計を手がけている。

  1. 2012/09/10(月) 08:48:55|
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京王線・布田駅・国領駅のホームドアー  Introduction of Automatic platform gate into Fuda & Kokuryo stations

鉄道雑誌などの報道で調布駅のことは知られているが、調布駅同様に地下化された布田駅と国領駅については、ほとんど報じられていないので、ここで布田駅と国領駅について見たままをご報告させていただくことにしたい。布田駅は島式ホーム1面でフルスクリーンタイプ(天井までドアー壁がありホームが線路から隔離されているタイプ)のホームドアーが採用されている。日本のホームドアーは可動式ホーム柵タイプと呼ばれる腰丈のドアー壁タイプのものが主流で、フルスクリーンタイプは珍しい。(代表的なフルスクリーンタイプは東京メトロ南北線のホームドアーがある) 一方の国領駅は島式ホームには可動式ホーム柵タイプが設置されていて、これは調布駅と一緒である。またドアーの色が青が下り線、赤が上り線というのも3駅共通であるが、前にもご案内したように調布駅の上りのホームドアーの赤色はサーモンピンクに近い色であるが、布田・国領の各駅の赤はサーモンピンクではなくて赤に近い。また心なしか青色も調布駅の方が布田・国領よりも明るいブルーに感じられた。国領駅は新宿寄りのホームの先端から登り始めて地上にすぐ出るようになっていて外の光が入ってきているので、地下駅というよりも半地下駅と云いたくなる趣がある。

DSC_0053A.jpg国領駅下りホームの青のホームドアー。
DSC_0052A.jpg国領駅上りホームの赤のホームドアー。
DSC_0070A.jpg国領駅新宿寄り。
進入してくるのは上り電車の各駅停車「高尾山口行き」。トンネルの入り口がすぐ国領駅のプラットフォームになっているのが特徴。
DSC_0060A.jpg国領駅調布寄り。トンネルがカーブを描いて駅へ向かってくるのでファンタジックな構図を作っている。
DSC_0076A_20120909201300.jpg布田駅下り線ホームドアーは青色でフルスクリーンタイプ。
DSC_0083A.jpg布田駅上り線ホームドアーは赤色のフルスクリーンタイプ。
DSC_0078A.jpg今回の地下化で作られた3駅共にデザイナーの手が入ったことが良くわかり好印象。色使いやデザインなど素敵な駅になっている。



  1. 2012/09/09(日) 20:21:43|
  2. 鉄道
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調布駅でレール撤去作業が始まる

先日の調布駅付近の地下化後のレール撤去は未だ始まらないと報告したが、6日に調布駅東側でレール撤去作業が始まっているのを発見した。撤去された跡がくっきり残っているのが写真からもおわかりいただけると思う。撤去されたレールはクレーンで持ち上げてトラックに積まれていた。

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  1. 2012/09/08(土) 23:53:56|
  2. 鉄道
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伝えたい心の手紙 


京王線の車内広告でふと目に止まった広告。第四回「つたえたい心の手紙」の入選作が紹介されていた。
読み始めて最近泪脆くなっている私の目には泪が滲みはじめた。心が洗われる思いがするいい手紙で、こんな素敵な気持ちを持った女性(文面から女性と判断)がいる事を知って嬉しくなってしまった。彼女の手紙の最後の文章をおじいちゃんは嬉し涙を流しながら天国で読んでいることだろう。

私のおじいちゃんへ 
                                    大阪府 24歳 TYさん
 私は祖父に手紙を送りたい。子供の頃田舎に帰省すると、いつも祖父にべったりだった。作業場で祖父のかばんなどを制作するのを飽きずにずっと眺めていた。
 小学校6年生の時、いつもかばんをもらっているお礼にと、修学旅行のお土産をプレゼントした。祖父は私の予想以上に喜んでくれ、涙を流すほどであった。祖父が「なんでくれるんや」と問いかけたのに対し、「だっておじいちゃんのこと大好きなんだもん」と私がそう答えた瞬間、祖父はさらに涙を流した。あのときはあの涙の意味を理解する事ができなかった。
 2年後、祖父がガンを患い、帰らぬ人となった。電話で祖父の死を伝えられた時は、はじめての身近な人の死に耐え切れず、わんわん泣いた。病床に私のお土産をおいていつも眺めていたと祖母から聞いて、気持ちが張り裂けそうだった。法事の際、祖父と多くの時間を過ごした作業場に行った。いつもの場所にはいつもいた祖父はもういなかった。
 そして大学4年の時、祖父の七回忌を迎え、親族で集まる事になった。その後の会食で、父や叔父たちが祖父の話をしているのを聞いているうちに違和感が生じた。さらに親の話しに耳を傾けてその違和感の正体を知った。祖父は私とは血が繋がっていなかった。どうやら、祖父は祖母の再婚相手だったらしく、私の父の実の父ではなかったのだ。その事を知って、祖父の涙の意味に今更ながら気がついた。祖父は血が繋がっていない、いわば他人であることを知らずに寄り添ってくる私をうれしく思いながら、不安だったのではないかと思う。
 もし、今私が亡くなった祖父に手紙を送れるとしたら、現在、社会に一歩踏み出すまでに成長した私の事を伝えるとともに、この一文を加えたい。
「たとえ血が繋がってなくても、おじいちゃんは私のおじいちゃんだよ」

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  1. 2012/09/08(土) 21:44:04|
  2. 文学
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東北新幹線・200系・K47編成国鉄色

ちょっと前までは当たり前のように走っていたグリーンとアイボリー色の新幹線が全く姿を消してしまったが、2007年に200系のK47編成が復活塗装として国鉄時代のグリーンとアイボリーとなって走っていたが、昨年11月で定期運用から離脱してしまい、今ではたまに団体臨時列車としてその姿を見ることができるだけになってしまいました。先月定期運用からの離脱が決まったE1系の撮影で大宮駅に出かけた折に運良く回送電車として上り線を走ってきた200系K47編成を撮影することができました。
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  1. 2012/09/07(金) 21:59:18|
  2. 鉄道
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相模原線区間電車・つつじヶ丘折り返し

相模原線には橋本ー調布の区間電車が設定されていて、調布駅地下化までは東側の上り本線で折り返して渡線を通り下りホームの1番線に入ってきていた。しかし地下化されて地下2階(上り線)から3階(下り線)を繋ぐ渡線が設定されてない為に、折り返しの電車は4つ新宿寄りの「つつじヶ丘」駅まで回送で走り、そこから渡線を使って下り線に入り調布まで戻ってきて調布発の橋本行きとして運用されている。つつじヶ丘で折り返していることは回送電車と国領駅付近で出会ったことからほぼ想像できていたのだが、実際に折り返しているところをこの目で確認してきた。

DSC_0026A_20120907112918.jpg調布からの回送電車がつつじヶ丘駅上りホーム3番線に到着するところ。
DSC_0029A.jpg3番線に到着して乗務員が交代して、降りた車掌に代わって運転手が乗り込み下り線を調布へ向けて折り返す準備をしている。
DSC_0036A.jpg渡線を通って下り本線に転線調布へ向かう回送電車。
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  1. 2012/09/07(金) 11:38:35|
  2. 鉄道
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E1系定期運用離脱

9月29日のダイヤ改正で定期運用からの離脱が決まったE1系、ながいこと2階建て新幹線としてE4系と共にMaxの愛称名で活躍してきたがその姿を定期運用で見ることはできなくなる。東北新幹線から上越新幹線に移籍してきて「Maxとき」などで活躍してきたが東北新幹線から移ってくるE4系にその座を譲る事になった。逆に東北新幹線からはE4系が消える事になるのでMaxの愛称の付く列車を東北新幹線では見れない事になる。
DSC_0092B.jpg上越新幹線で最後の定期運用で活躍するE1系。「Maxとき322号」東京行き。
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  1. 2012/09/06(木) 08:50:02|
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京王線調布駅地下化2週間半

京王線調布駅が地下化されて2週間半が過ぎたが、大きな変化は少なくて地上の施設(駅舎・ホーム・線路・架線)はほぼそのままの状態で取り壊しや撤去などはほとんどされてない。20日からただちにレールなどの撤去がされるものと思っていたのだが、意外なことにレールはほとんどそのままの状態で残っている。地下化直後の8月22日の時点ではレールはピカピカだったが、流石に9月5日の時点では赤錆色に変色していた。
DSC_0604A.jpg調布駅西側に出来た南北通路から京王八王子側を見た光景。相模原線の上り線が下り本線をクロスする部分が良くわかる。この為に相模原線の上り電車は信号待ちで停車を余儀なくされていたのが、今回の地下化で解消された。
DSC_0607A.jpg駅構内だけは架線が撤去されていたが、レールやホームや橋上駅舎などは未だ撤去されてない。
  1. 2012/09/05(水) 23:45:30|
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京王線調布駅ホームドアー使用開始

京王線調布駅のホームドアーが使用開始になった。8月22日に時点では未だ使用開始されてなかったホームドアーが9月1日の時点では使用開始となっていた。調布駅は上下線が赤系と青系の色で識別されているのだが、光源の関係で上り線の赤色のホームドアーはサーモンピンクのように見えて写真には写っている。

DSC_0621A.jpgエスカレーター天井の赤色と比べてもその色がピンクに近いのがわかる上り線のホームドアー。
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DSC_0620A.jpg下り線(地下2階)のホームドアーは青色。
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  1. 2012/09/05(水) 23:19:26|
  2. 鉄道
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「myunとyayo」 70年代昭和アイドル歌謡ショー

原宿のミュージックレストラン「ラドンナ」で行われたmyunとyayoの『70年代昭和アイドル歌謡ショー』に行ってきた。myunこと石田美由紀さんは現在はDJや音楽活動などをされているが、もともとは「遠山の金さん」で蕎麦屋の娘役でデビューした女優さんで、「大江戸捜査網」など多数の時代劇に出演されているし、CMなども多数出演していた。当時の芸名は「立石美由紀」だった。しかし、交通事故で顔に大怪我をして女優を断念して、その後は歌手として活躍してきた。そんな石田美由紀さんと知り合ったのはある学校で同じ生徒だったことから、そんな縁のある石田美由紀さんが初めてのワンマンライブをやると聞き、原宿ラドンナに応援に行ってきた次第である。
芸能生活の長い石田美由紀さんらしく今回のステージにはお付き合いのある「リリーズ」がゲスト出演していたが、とても50歳代とは思えないお二人にびっくりした。アイドル時代そのままのキュートでスレンダーの姿と可愛いルックスに思わずタイムスリップしてしまったかのような錯覚に陥ってしまった。

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DSC_0003A.jpg自由が丘FMのMyun’s Barをステージで再現。
DSC_0009A.jpgMyun’s BarコーナーでのMyunとYayoの軽妙なトークに観客席は笑いで溢れていた。。
DSC_0047A_20120903085054.jpg「myun's bar」コーナーでもリリーズがゲスト出演。
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20歳代と云ってもそのまま通りそうなリリーズのお二人。


  1. 2012/09/02(日) 23:02:08|
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Cherry Spiceに新入りのベーシストが・・・・ New Bassist had joined with Cherry Spice

Cherry Spiceに新しくBassistが加わった。あくまでも交代ではなく追加である。以前からのメンバー「Sakura」さんが居なくなるわけではないのでご安心あれ。9月には新しいドラマーも登場予定である、こちらの場合も同じく交代でなくて追加である。理由はメンバーは人気者で他の活動などで参加できない時が増えそうなので、その場合に備えてのダブルメンバーということらしい。
新たなメンバーとなったベーシストの北村さんはデズニーランドで活躍していた経歴の持ち主で現在はハワイアンバンドでのベースなどもされている実力の持ち主。8月22日は1部と2部、8月29日は1部・2部・3部とフル出場だったが、もう少しバンドに馴れるのに時間が必要と思うが、時々キラッと光る才能を垣間見せていたが、時間を経ることでその持ち味を生かした演奏を見せてくれるものと楽しみにしている。
29日のライブは常連以外にも客が沢山入り大入り満員で、乗りいい曲ではフロアーがダンスフロアーになって臨機応変でCherry Spiceは予定変更してダンサブルな曲を多く演奏して会場を盛り上げていた。
更にこの日はPrety Womanで毎月最後の土曜日に演奏しているチェキラの蓮見さんが飛び入り参加して甘い歌声でStand by meを聞かせてくれた。

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今夏2回目の浴衣DAY.
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「キタムー」こと北村さん。力強いベースを聞かせてくれた。
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エレアコを使ってジャジーなアレンジのウォークドントランを聞かせてくれた。
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甘いマスクで甘い歌声の蓮見さん、女性の追っかけがいること間違いなし。
  1. 2012/09/02(日) 21:54:45|
  2. 音楽
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調布駅の謎 Mysterious Chofu Station

既報の通り京王線調布駅は8月19日から地下駅となっているが、一つ疑問を生じている。今まで相模原線の橋本ー調布の区間電車は布田駅寄りの上り線で折り返していたが、地下駅が2層構造の為に一旦地上まで出て折り返しの渡り線があるつつじヶ丘駅まで行って調布駅まで戻ると言う手間と時間がかかることをしている。2階建て駅で折り返すためには別途折り返用の設備が入るのだが、地下2階・3階共に折り返し線を収容するために作られた思われるトンネルを見つけた、しかし、そこには線路は敷かれておらず空洞が見えるのみである。

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調布駅西側(八王子寄り) 右側が八王子方面へ向かう本線、左側が橋本方面へ向かう相模原線。

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東側(新宿寄り)本線が新宿方面へ伸びている、そしてその右手に黒く口を開けているのが謎のトンネル。

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東側(新宿寄り)の副本線は左に曲がり本繊に合流して新宿方面に向かうだけの配線となっているのだが、本来は直進してそのままトンネルに向かう線路があれば折り返し線につながるはず。何故地下化と一緒にその線路設置がなされなかったのかと大きな疑問を生じた。すべて地下のなかであるなら今回の地下化工事中に一緒に完成できた筈なのにと首を傾げるのだがその理由がわからない。謎のまま地下駅を電車は発着している。今年中に地下化に伴う本格的なダイヤ改正が予定されているが、それまでに折り返し線が作られるのか?それともこの漆黒に閉ざされた空間(トンネル)は別の目的で作られたものなのだろうか。謎が謎を呼ぶこの空間、今年度中にその回答が見れることを願う次第である。


  1. 2012/09/02(日) 20:37:31|
  2. 鉄道
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プロフィール

nighttrain999

Author:nighttrain999
目黒区の都立大学で産湯を使い、長じて多摩ニュータウンに移り住んでン十年の”おじさん”です。サラリーマン渡世を無事に勤め上げて第二の人生を謳歌しております。
多彩な趣味のお陰で時間が足りなくて、とても仕事をしている暇がないという次第。
興味のあるものは: 鉄道・車・オーディオ・カメラ・地図・文学・歴史・音楽(特にJAZZ)・英国

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