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ナイトトレインの平成・徒然草 ~心にうつるよしなしごとを書き連ねて~

《鉄道》《車》《音楽》《文学》等にまつわるよしなしごとを、つれづれなるままに書き連ねてまいります。 このBLOGに掲載された写真などを他のMediaなどに掲載される際の問い合わせ先はn.sugii@nifty.comです。 

多摩ニュータウンから見た冬の富士山

冬の富士山は空気が澄んでとてもきれいな姿で我々の目を楽しませてくれる。多摩ニュータウンから富士山までは約100Kmの距離があるので冬の澄んだ空気の時でないとその姿をくっきりと捉えることができないのである。これは1月の28日の夕方澄んだ空気の中で姿を現した富士山を撮影した記録である。

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  1. 2013/02/10(日) 19:17:58|
  2. 写真・カメラ
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バックトウーザ昭和の鉄道世界(その17)  Back to the Railway World of 60's & 70's

昭和の鉄道世界その17では、前に御紹介した昭和38年(1963)の京王帝都電鉄・桜上水駅での写真を紹介する。今回は車両中心ではなく駅の施設のわかる写真をメインにした。
今は検車区が高幡不動に移ってしまい桜上水は留置線のみになっているが、当時は検車区・工場があり、車庫の建屋もあって、構内のポイント切り替えの為の係員が常駐する信号扱い所の建物が上り線のホーム上にあった。

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上り線ホームの信号扱い所。ここで広い車庫内のポイント切り替え作業が行われていた。文字が小さくて見にくいかもしれないが「桜上水信号扱い所」の看板がかかっている。

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新宿寄りにあった桜上水駅本屋が左側に見える。当時の私鉄駅の典型で京王線でも数多く見られた形態であるが、ホームから少ない階段で地平になり踏切を渡って駅改札口へ出る構造が良くわかる。踏切を渡るという問題を除けば昔の方がバリヤフリーだったと言えるかもしれない。

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下り線ホーム。
これまた当時の私鉄駅の典型であるホーム上屋の様子がわかる写真。今でもこの姿のホーム上屋を見ることが出来るがその数は年々減少してしていることだけは間違いない。

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荷電を撮った写真で在るが、これを見ると新宿側にも車庫の建物があったことがわかる。こちらはかまぼこ型ではなく普通の切り妻タイプの建物である。
デニ201は昭和28年に東急車輛で新製されている。昭和47年の荷扱い廃止で工場入換車となり、昭和60年3月に廃車となっている。

  1. 2013/02/07(木) 10:36:01|
  2. 昭和の鉄道世界
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2013 JCCA New Year Meeting その3

2013 JCCA New Year Meeting その3では、その2に引き続き私の好きな車たちを紹介する。

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スバル1000スポーツ。国産車の中で私の好きな車の一つがこのスバル1000である。同じボディのままでエンジンの排気量を100ccアップしてffー1となり、さらに1300ccになってスバルff-11300Gとなっている。
このスバル1000スポーツは友人が持っていて、私の自宅まで納車間もないクルマを運転してみせびらかせにやってきたことがある。彼は最初1000スポーツでその後ff-1スポーツに乗り換えている、見せびらかせにやってきたのがどっちだったか定かではないが多分1000スポーツのほうだったような気がする。運転して良いと言うので運転して驚いたのはブレーキの感触の違いだった。サーボの効き方がまるで違うのである。私の乗っていたトヨタのマークⅡ1600SLはサーボが効き過ぎの世に言う「カックンブレーキ」、すっかりその感触に慣れていたので最初の交差点でブレーキが足りず停止線からはみ出して止まってしまい隣席の友人の肝を冷やさせてしまった。当たり前の事であるがスバルのブレーキの方が正解で、踏み力に応じてブレーキをコントロール出来る優れたスバルのブレーキに感心することしきりだった。マークⅡの次はスバルにしようと思っていたが、丁度買い換えの頃にレオーネにモデルチェンジしてしまい、結局私の次のクルマはケンメリのスカイラインGTXになった。

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スバル1000VAN。その後レオーネ・エステートバン、レガシー・ツーリングワゴンへと発展を遂げた。
スバル・1000のトランスミッション後端から後輪駆動用のプロペラシャフトとリヤアクスルを追加することにより、容易にAWD化が可能であることは、スバル・1000開発過程ですでに話題に上っていたが、スバル・1000開発当時は、まだ乗用車タイプAWDの商品化は時期尚早ということで大きな議論にはならなかったという。
しかし1970年、東北電力からの現場巡回用車輌の共同開発の申し出が発端となり、1971年、1ディーラーである宮城スバルがスバル・1000バンをベースに日産・ブルーバード(510型)のリヤデフを組み合わせてAWD化した試作車を製作。関係者の間で非常に好評だったことから、1971年3月から富士重工業・群馬試作所で生産化に向けてのテストが開始され、1971年秋の東京モーターショー商用車館にスバル・ff-1 1300Gバン 4WDとして参考出品され、注目を集めた。
当時スバル・ff-1 1300Gは新型車「レオーネ」へのモデルチェンジを控えていたため、スバル・ff-1 1300Gバン4WDはパイロットモデルとして、1972年3月から合計8台が生産・納入されたに留まった。

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スバル360ヤングSSとスバル360。写真のスバル360は後期のタイプでヘッドライトの形から「デメキン」と呼称されて人気のある初期タイプではない。一方のヤングSSはスバル360の中では伝説的な人気者で、ソレックスキャブレーターをツインで装備して、36PS/7000rpmというシリーズ最強の最高出力を発生するエンジンを搭載。アクリル製のヘッドランプカバーはヤングSとヤングSSのみの装備。室内ではタコメーターや本皮巻きステアリングホイール、バケットタイプのフロントシートを装備していた。
残念ながらスバル360を運転したことはない、しかし先ほどスバル1000の友人は1000の前は360に乗っていたし、親戚の叔父さんも360に乗っていて横に乗せて貰う機会は多々あった。印象に残っているのはその雲の上にいるような乗り心地と評された独特の乗り心地である。田舎のある愛知県豊橋の叔父さんの運転で阿寺の七滝までドライブした時には穴ぼこの多い砂利道の悪路をまるで舗装路を走っているかのようにスムーズに走るのに本当に感心したのを覚えている。当時まだまだ舗装路が少なくて悪路だらけの日本の道にはこのスバル360のサスペンションは最高にフィットしていた、そのこともスバル360が常に軽乗用車のTOPだった一因になっていると思う。

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アルファロメオ・ジュリアシリーズ。テールのバッジを確認してないが、恐らくジュリア・スプリントGTであろうと思う。このボディーはジウジアローのデザインで、私の好きなクーペデザインである。実はジュリア・スプリントGTの発展型であるアルファロメオ2000GTVを買うつもりで中古車屋へ行ったのだが話がこじれて結局他の中古車屋でBMW2002を買ったという話が私にはある。人生にもしもは無いと言うが、もし私がBMWでなくアルファロメオを買っていたら今とは違うクルマ人生を歩んだのかもしれない。

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ADO16(MG1100・MG1300)。 実車は1100なのか1300なのか確認してないがMG版ADO16である。ADO16は多彩なブランド展開がなされていて、オースティン版・モーリス版・ライレー版・ウーズーレー版・ヴァンデンプラプリンセス版がある。実はジャガー・マークⅡに次いで欲しいクルマNO.2がこのADO16である。多分金銭的にはこのクルマを購入することは可能なのだが、このクルマを購入して維持していくために必要なお金と体力がないのではないかと思って手を出せないまま指をくわえている次第。

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フォルクスワーゲン・タイプ2(初代)。これは展示車ではなく会場で飲食物の販売をしていたクルマを撮影したもの。VWのトランスポター(タイプ2)は人気者で、未だに個人やこのような事業者に愛用されている。

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フォルクルワーゲン・タイプ2(2代目)。これも展示車ではなく会場で飲食物を販売していたクルマを撮影したもの。タイプ2の三代目は「ヴァナゴン」と改称された。

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アウトビアンキA112。このクルマは、フィアット127の先行モデルとして1969年10月にデビューしている。プリムラで始めたダンテ・ジアコーサのエンジン横置きFWDシステムを採用し、サスペンションは前ストラット、後ろ横置きリーフでフィアットの128や127と同形式。1971年9月に高性能版のアバルトを加え、1977年のマイナーチェンジで大きく変った。(ルーフが高くなり、フロントマスクなど外観、内装も大きく変更されている)。1985年に後継のY10が登場して、1986年で生産が中止された。
写真のクルマはフロントマスクの形状から判断して1977年のマイナーチェンジ以降のA112アバルトである。

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フィアットの戦前の傑作車小型車500トポリーノの後継として1957年にデビューしたヌーボ・チンクエチェント(NEW500)の高性能バージョンがこの写真のフィアットアバルト595/695。
595はNEW500ベースの0.6リッター版で、695が0.7リッター版。写真の左側の赤色のクルマは595または695.右側の白色のクルマは究極のチューニング(半球形燃焼室ヘッドを持つラジアーレエンジンをを搭載して500の倍以上の38PSを発生)をした695SSアッセット・コルサではないかと思う。アセット・コルサのオーバーフェンダーより大きいのとアセット・コルサのオーバーフェンダーが赤色に対してこれは白色なのが気になるが・・・・

  1. 2013/02/01(金) 10:00:22|
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プロフィール

nighttrain999

Author:nighttrain999
目黒区の都立大学で産湯を使い、長じて多摩ニュータウンに移り住んでン十年の”おじさん”です。サラリーマン渡世を無事に勤め上げて第二の人生を謳歌しております。
多彩な趣味のお陰で時間が足りなくて、とても仕事をしている暇がないという次第。
興味のあるものは: 鉄道・車・オーディオ・カメラ・地図・文学・歴史・音楽(特にJAZZ)・英国

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