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ナイトトレインの平成・徒然草 ~心にうつるよしなしごとを書き連ねて~

《鉄道》《車》《音楽》《文学》等にまつわるよしなしごとを、つれづれなるままに書き連ねてまいります。 このBLOGに掲載された写真などを他のMediaなどに掲載される際の問い合わせ先はn.sugii@nifty.comです。 

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2007年10月31日東急東横線田園調布付近

2007年10月31日東急東横線下り電車の運転席越しに撮った田園調布駅進入直前の写真である。今年3月の渋谷駅地下化で東横線から引退してしまった9000系の急行渋谷行が地下駅となった田園調布駅から35パーミルの勾配を上ってくるのが捉えられている。9000系の上の陸橋は環状8号線(通称環8)である。田園調布駅と多摩川駅(旧多摩川園前)は東横線と目黒線(旧目蒲線)が並行して走る複々線になっていて目黒線になった時に方向別複々線となり、東横線が両脇に目黒線が真ん中に走るようになった。写真に見える東横線の上下線の間に見えるコンクリートの屋根の下を目黒線が走っている。この施設が出来てしばらくは未だ目蒲線が存続しており、田園調布から多摩川へ向かってそのまま地下を走り今の多摩川線の多摩川駅へ向かっていていた。今はこの地下の接続部分は連絡線となっており営業中の電車は走らない。

20071031東急相鉄 003A

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  1. 2013/06/30(日) 07:35:30|
  2. 鉄道
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昭和の鉄道世界(その21) 首都圏無煙化さよなら運転

1970年10月は首都圏の路線からSLの煙が消えた最後の記念列車が走った時でした。1970年の9月27日に八高線(高麗川ー高崎)でさよなら運転が10月4日に八高線(八王子―高麗川)でさよなら運転が行われて大変な人出がありましたが、その後「高島貨物線の電化」で首都圏の路線からSLが消えるいわゆる無煙化(今では死語ですね)がありました。首都圏無煙化のフィナーレは国鉄のサプライズ企画となり、なんとSLが姿を見せなくなった東京駅からSL牽引のさよなら列車を走らせるという鉄道ファンもびっくりの嬉しい驚きの企画でした。しかも10月10日・11日・18日と3日間も東京駅発のSL列車が走りました。牽引するSLが旅客機のC型でなくD型(D51)だったのがファンからすると心残りだったのですが、往年のボートトレイン(横浜港に大型客船が入港すると東京駅から品鶴線・高島線経由でSL牽引の列車が運行されていた)を再現したルートなので大変な人出があり沿線はカメラを持った人で鈴なりであった。マスコミもヘリコプターを飛ばしてこの列車を追いかけていた。筆者もこの時は有楽町の交通会館屋上から新幹線と並んだ東京駅発車のさよなら列車を撮ったり、品川駅西方の御殿山付近で品鶴線が東海道線をクロスオーバーする鉄橋や、品鶴線の多摩川鉄橋、高島線の東高島貨物駅付近で撮影している。今回は多摩川鉄橋での写真が見当たらないが、有楽町と御殿山と東高島での写真をお目にかけることにしたい。

197010首都圏無煙化001A
東京駅を新幹線と同時発車であったが、この日は新幹線の運転士が出発後にスピードをダウンしてSLが追いつくのを待ってくれて見事並びが実現した。運良くこの日は並びが実現したが、他の日には並びが撮れなかったようです。
197010首都圏無煙化002A
東高島駅西方を行く上り列車品川行き。下り列車は東京ー横浜港だったが、上り列車は横浜港ー品川であった。
197010首都圏無煙化003A
197010首都圏無煙化004A
197010首都圏無煙化005A
197010首都圏無煙化006A
197010首都圏無煙化007A
東海道線をクロスオーバーする品鶴線を行く上り品川行「さよなら列車」

実はこの時SLブームということも手伝って鉄道ファンだけでなく一般人もカメラを片手に撮影に押しかけて大変な事になって、これに懲りた国鉄は以降都内でのSL運転の企画をしなくなった。現在のSL運転は高崎以北であったり、千葉以東であったりするのはこの時の混乱が国鉄(JR)でのトラウマになっている為。

  1. 2013/06/28(金) 00:29:34|
  2. 昭和の鉄道世界
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神楽坂 前菜食堂「ボン・グゥ」

前々から気になっていた神楽坂のフレンチレストラン「前菜食堂ボン・グゥ」へ行って来た。結論から言うと我が家の三ツ星レストランに仲間入りである。1000円のランチコースはコストパフォーマンスから言ってもBESTである。クイックボングゥランチとボングゥランチの2種類あり、共に1000円で前菜+スープ+メインディッシュとなりクイックの方はメインディッシュが「海老とトマトのアメリケーヌ」で普通のボングゥランチがタルトフランベとなる。タルトフランベは選択肢が5種類で以下のようになっていた。
①短冊ベーコンの黒コショウ風味
②ボルチーニとバジルソース
③しらすとミックスチーズ
④本日のタルトフランベ(サクラエビとパルミジャーノチーズ)
⑤フルーツのタルトフランベ(リンゴとはちみつ)

300円の追加でランチデザートがついてくるが、この日のデザートは「神楽坂楽山のほうじ茶のぷるぷるブランマンジェ」だった。

前菜食堂の名前にたがわず前菜は盛りだくさんで種類も多くて美味しかった。タルトフランベは美味しい上に量的にも十分で小食の女性では食べきれない。食べきれないタルトフランベは持ち帰り可能で、当日も食べ残しを持ち帰る人が結構居た。
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  1. 2013/06/25(火) 22:57:32|
  2. 食事
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2459レ EF64牽引

中央東線の人気貨物列車だった2459レを珍しくも立川駅で撮影した写真が出てきたのでご紹介致します。しかも牽引機のEF64は貴重な国鉄色。2459レはEF64の重連ということもあり、山線となる高尾以西での撮影が多かったが八王子で長時間停車するので冬場は八王子発車の時点でかなり暗くなってしまい、相模湖以西での撮影は冬場以外でないと難しかった。2459レは89レと列車名が変わり八王子の長時間停車はなくなったが、八王子発の時刻が16:34から17:16に繰り下げられてしまい冬場の撮影はますます難しくなった。そして2012年のダイヤ改正で牽引機関車がEF64からEH500に変更されて一気に人気を落としてしまった。

20070206中央線 016A
2007年2月6日 立川駅
  1. 2013/06/23(日) 10:40:21|
  2. 鉄道
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新宿御苑の四季・梅雨

2012年の3月に新宿御苑のギャラリーで所属する写真クラブ主催の写真展があり、それに向けて新宿御苑に通い写真展に出すための写真を撮りこのブログにも定期的にその成果をアップさせていただいた。2013年は無かったが2014年の3月に再び写真展を開催することになったので、新宿御苑通いが始まった。先日久しぶりに新宿御苑に出かけて題材を求めて撮り歩いたが、思っていたほどは良い成果が得られなかった。
御苑は花の時期が終わってしまい、めぼしい花としては紫陽花が唯一梅雨時の花として目についたくらいで、あとは緑の木々の写真が多くなってしまった。

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  1. 2013/06/20(木) 19:15:07|
  2. 新宿御苑
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昭和の鉄道世界(その20) 日鉄鉱業葛生鉱業所羽鶴専用線 1080号

2009年日鉄鉱業からJR西日本に寄贈されて梅小路蒸気機関車館にて公開保存されている1080号は幸せな蒸気機関車である。日鉄鉱業で赤谷鉱業所から1956年に葛生鉱業所に僚機973号と共に異動してきて、すでに導入されていた2台のディーゼル機関車(DL)の予備機としてDLの検査・修繕時に火が入れら運転されてました。その後DLが増備されて僚機973号が廃車された後も予備機として残り、稼働機会は大幅に減ったものの年に数回火が入れらてきました。そんな予備機の稼働のニュースをキャッチして1970年に羽鶴専用線にでかけて撮った写真を紹介させていただく。1080号機は1979年に廃車になりそれから羽鶴の車庫で大切に静態保存されてきた。
1080号機はルーツをたどると国鉄(当時は鉄道作業局)のD9形として1902年に英国のダブス社で製造されて東海道線の旅客列車をけん引して活躍していた。
D9形は最初に英国のニールソン(ネルソン)社で製造されその後ダブス(英国)・ハノーバー(独)・アルコ(米国)からも供給されている。鉄道ファンの間ではこの2B(4-4-0)テンダー式蒸気機関車D9を親しみを込めて原設計の会社名から製造会社を問わず全て「ネルソン」と呼んでいた。
その後1909年に鉄道国有法の施行を受けて制定された鉄道院の車両形式称号規定で、メーカー別に形式を設定されることになり、ニールソン社製は6200形、ダブス社製は6270形とよばれることになった。1080の6270形時代の番号は6289であった。そして1926年に大宮工場でテンダー式機関車(2B)からタンク式機関車(2B1)に改造され1700形の1080号機になっている。

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筆者がネルソンのことを知ったのは高校生の時に購入していた模型雑誌『TMS』(鉄道模型趣味)に連載されていた「陸蒸気からひかりまで」というペン画を通してである。東海道線全通時の木造ボギー客車の先頭に立つネルソンが描かれているペン画でネルソンの存在を知りその端正で優雅なたたづまいの虜になってしまった。なんといっても最高なのは前に向かってそりあがった形態のランボードとそこに取り付けられた斜めのシリンダーの美しさである。
「陸蒸気からひかりまで」は連載終了後単行本として刊行されて私も持っているが、私の鉄道バイブルのような本で、このペン画を通して知り合った車両は数限りない。幻の九州鉄道の豪華列車として有名な「或る列車」を知ったのもこの片野正巳氏のペン画を通してである。分割民営化後のJR九州に登場する新しい車両たちを見ていると「或る列車」の血が脈々と受け継がれているような気がする。そういえば格好良いデフの代名詞となっている門鉄形デフを生んだのも九州である。
  1. 2013/06/06(木) 23:11:53|
  2. 昭和の鉄道世界
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MyunとYayo 昭和アイドル歌謡ショー

6月2日銀座TACTで催された「MyunとYayo 昭和アイドル歌謡ショー」へ行って来た。今回はいつもカバー曲だけのMyunとYayoが初のオリジナル曲を吹き込んだCDを発売する記念のライブでもあった。団塊の世代の私にとっては昭和アイドル歌謡を歌ってくれるお二人のライブは最高の癒しの場である、その瞬間心は何十年か昔の青春時代に戻っている。熱心なMyunとYayoファンも常連さんとなってライブでお会いすると言葉を交わすようになった。過去2回の原宿ラドンナでのライブも満員であったが、今回の銀座TACTでのライブも満員であった。

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花嫁衣装が似合うおしとやかなYayoちゃん。
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軽妙なトークでいつも会場を笑わせてくれる活発なMyunちゃん。
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  1. 2013/06/04(火) 10:24:30|
  2. 音楽
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プロフィール

nighttrain999

Author:nighttrain999
目黒区の都立大学で産湯を使い、長じて多摩ニュータウンに移り住んでン十年の”おじさん”です。サラリーマン渡世を無事に勤め上げて第二の人生を謳歌しております。
多彩な趣味のお陰で時間が足りなくて、とても仕事をしている暇がないという次第。
興味のあるものは: 鉄道・車・オーディオ・カメラ・地図・文学・歴史・音楽(特にJAZZ)・英国
画像使用の問い合わせ先:n.sugii@nifty.com

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