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ナイトトレインの平成・徒然草 ~心にうつるよしなしごとを書き連ねて~

《鉄道》《車》《音楽》《文学》等にまつわるよしなしごとを、つれづれなるままに書き連ねてまいります。 このBLOGに掲載された写真などを他のMediaなどに掲載される際の問い合わせ先はn.sugii@nifty.comです。 

「ソロモン流」 84歳奇跡のピアニスト 秋吉敏子

TBSの番組「ソロモン流」はジャズピアニストの秋吉敏子を取り上げた番組だった。84歳と言う高齢にもかかわらず現役のJAZZプレイヤーとして演奏活動を続けている秋吉敏子は、アメリカで最も成功した日本人JazzPlayerとして知られている。 私はこの番組を見て「秋吉敏子の人生哲学」に大いにInspireされた。

現役で演奏を続けているのだが、その一端が紹介されていた。2週間後の公演を控えて秋吉敏子はニューヨークの自宅から車で30分ぐらいのところにある緑豊かな仕事場(別荘)で演奏会で取り上げるオペラをピアノで弾くための曲作りを始める。
彼女が挑戦するのはアメリカの代表的オペラである「ポギーとベス」、その中で歌われるサマータイムは数多くのミュージッシャンがカバーしており、JAZZではマイルス・デイビスのカバーが有名である。
しかし、彼女はマイルス・デイビスのコピーをすることを潔しとはしないので、こう言うのである「これをそのまま演奏するのでは意味はないわけですよ、それじゃ他の人がやればいいんで・・・・」「他の人がやれないことを私がやらなければいけない」「それで、初めて私がジャズピアニストとして演奏する意味が出てくる」
そこで彼女はリズムとかキーを変えて、ゴスペル風のアレンジにする。そして言う「素晴らしいかどうかわからないけど、私の作品だということは間違いない」

そして、「神が降りてくることも?」という質問には、こう返事している。「ミュージシャンだったら皆わかるが、そういう努力をするのが当たり前。努力しない人は普通のミュージシャンで終わってしまう。」

そしてニューヨークでの演奏会は成功裏に終了して、観客は大絶賛のコメントをしていたのだが、演奏後のインタビューで秋吉敏子はこう返事した。「今回の演奏の出来は65点、この次はもっとマシに出来ると思う」

秋吉敏子の人生哲学は、「いつもちゃんと出来ないんですよ」 「You can't win, but you can try (我々は人生の中で勝つことはできない、だけども、努力だけはできる)」 「完璧なミュージシャンにはなれないとおもうけど、少なくともそういう努力だけはする」 
なんと含蓄のある言葉だろうか。わたしも彼女の生き方にInspireされて生きていきたいと思った。





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  1. 2014/08/25(月) 10:04:37|
  2. 音楽
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≪侏儒の薀蓄学≫ 丸形郵便ポスト・郵便差出箱1号

昭和の生まれの人にとっては郵便ポストと言えば丸形の郵便ポストが思い浮かぶはずだがいつの間にか郵便ポストは角形に変わってしまい、街角で見かける郵便ポストはほとんどが角型の郵便ポストになっている。
この丸形の郵便ポストの正式名称は「郵便差出箱1号」という馴染みのない名称であるが、日本国民の大多数はこの名称すら知らないのではないだろうか。「郵便ポストが赤いのも、消防自動車が赤いのも、みんな私のせいなのよ」というせりふがあるくらい、郵便ポストは「赤」で知られているが、日本以外では違う色が使われており、アメリカは「青色」が、ヨーロッパでは「黄色」&「赤」が使われている。日本の郵便制度は英国から学んでいるので英国と同じ「赤」が使われているのだ。
「赤」が当たり前の日本の郵便ポストであるが、一部では違う色も使われていて必ずしも赤一辺倒というわけではない。例えば速達専用の郵便ポストには「青色」が使われている。

さて、急速に角形への移行が進んでしまい丸形の郵便ポストを見かける機会がほとんど無くなったように思うが、探すと意外と丸形の郵便ポストがあったりするのである。今でもあるのかどうかの確認はしてないが、写真は2006年撮影の多摩ニュータウン・八王子市で見かけた丸形郵便ポストである。これまた最近姿を消しつつある電話BOXと並んで設置されている。

多摩NTPOST 001A
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多摩NTPOST 003A

  1. 2014/08/18(月) 05:51:17|
  2. 侏儒の薀蓄学
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京王・塗装車・6000系

2010年は中央線の201系と京王線の6000系追っかけの年だった。そんな中でも高幡不動駅は「動物園線」専用の6000系4連と6000系2連が必ず見れるので良く立ち寄ったものだった。

高幡不動駅西寄の留置線は6000系2連の定位置で、かなりの確率でここに止まっている6000系2連の写真を撮ることができた。2010年の1月11日はここに競馬場線専用のワンマン車6417Fが止まっていた。

20100111高尾山 004A
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動物園線専用の1番線に停車しているのは動物園線用のステッカーを付けている6000系4連5扉車(6722F)
20100111高尾山 002A

  1. 2014/08/17(日) 22:28:44|
  2. 鉄道
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キラリナ京王吉祥寺

長らく改装工事中であった京王吉祥寺駅と駅ターミナルビルが完成して、4月23日に「キラリナ京王吉祥寺」として新装オープンしている。井の頭線の改札口を出ると正面にガラス越しに中央線の電車が見えるので鉄ちゃんには最高の眺望を提供してくれている。キラリナ京王吉祥寺の3階にあるスタバは電車が見えるので鉄道好きにはたまらない待ち合わせ場所となった。改装前のターミナルビルには「ユザワヤ」が入居していたが、改装中は近くの丸井に仮店舗を移して営業継続していた。丸井で仮営業中も狭いながら鉄道模型売り場は維持していたのだが、なんとキラリナ京王吉祥寺に戻ってきたユザワヤは売り場が8階と9階だけと縮小された上に鉄道模型売り場は消滅してしまった。かつてワンフロアーの半分を鉄道模型売り場が占めていた時にはNだけでなくHOの車両も豊富にあって鉄道模型ファンのメッカであっただけに非常に残念な出来事である。吉祥寺ハーモニカ横丁にあった「歌川模型」がご主人の逝去により閉店となり久しいが今回のユザワヤ鉄道模型売り場消滅により吉祥寺は鉄道模型ファンにとっては寂しい街となった。

正面の大きなガラスの前にテラス席のあるのが「スターバックス・キラリナ京王吉祥寺店」
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新装となって綺麗な吉祥寺駅にはレインボー電車がまだ健在で活躍中である。
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  1. 2014/08/14(木) 08:18:23|
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高尾山トリックアート美術館


高尾山トリックアート美術館は1996年4月、東京の西、高尾山の麓にオープンした施設である。 筆者は高尾山には毎年1月に登山で訪れているので、その存在は認識しており気にはなっていたものの訪れることはなかったが、今回ようやく孫の夏休みに孫を連れて訪れることができた。

トリックアート美術館の案内には次のようにありました。

 だまし絵の歴史は古くは約2000年前に遡り、そしてほぼルネッサンス期に技術的に確立されたと言われています。 高尾山トリックアート美術館のコンセプトはまさしくその当時のだまし絵をトリックアートで再現すること、 「あたかもそこに本物が存在するが如く」をテーマとしています。豊な自然に囲まれた高尾山の麓、京王線高尾山口駅の目の前に高尾山トリックアート美術館はあります。
 新緑、紅葉と四季折々に様々な姿を見せてくれる高尾山の豊な自然を満喫しながら、今までの既成概念を捨てて高尾山トリックアート美術館をご堪能下さい。きっと新たな発見が皆様をお待ちしています。

トリックアート美術館では、入館時に目の検査の時に使うような片目の目隠しを渡されるが、それを使用してだまし絵を見ると平面に書かれた絵があたかも立体的な絵のように見える。ありがたいことに写真で撮影すると片目で見たのと同じようになるので、写真で「だまし絵」が実感できる。

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次の2枚の写真は同じ絵を左右で角度を変えて撮った写真。なぜ1枚の絵が違って見えるのかは現地へ行って確認してください。
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次の3枚の写真は万華鏡の世界。
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影は恐竜の姿であるが、影の元となる構造物は何の変哲もない姿をしている。
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  1. 2014/08/11(月) 06:20:20|
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高尾山ケーブルカー (高尾登山電鉄)

本年1月のブログでも紹介した高尾山ケーブルカー、その時に掲載した写真では途中の交換地点でのショットがいまいちで気になっていた。今回再び高尾山のケーブルカーに乗る機会がありリベンジをはたしてきた。

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  1. 2014/08/10(日) 23:17:02|
  2. 鉄道
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京王線最後の塗装車・6000系

現在の京王線には塗装車はなくすべてステンレス車両のみである。唯一事業用のデワ600系(6000系からの改造)のみが塗装車であるが、営業用車両には6000系を最後に塗装車がいなくなって久しい。塗装費用がかさむので京王線のみならず各鉄道事業社において塗装車両は急速にその姿を消しつつある。

6000系は2010年4月の時点で8両編成(6717F)1本と4両編成(6722F)1本、2両編成(6410F~6417F)8本の小世帯になっていて、6717Fは2010年8月に運用離脱し、2両編成も6716F/6717Fの競馬場線用のワンマン車を残して2010年末までに廃車となった。結局年越しして2011年まで生き延びたのは6722F(動物園線専用のワンマン車4両編成)と6716F・6717F(競馬場線用のワンマン車2両編成)の3本だけとなった。そして6716Fと6717Fは2010年1月に、6722Fは2010年3月に運用を離脱して廃車となっている。

6000系登場時のリバイバル塗装を施した6716F 2011年1月26日撮影
20110126府中競馬正門前 005A
20110126府中競馬正門前 004A
20110126府中競馬正門前 031A
20110126府中競馬正門前 051A
20110126府中競馬正門前 087A
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標準塗装車の6417F 2011年1月12日撮影
20110112競馬場前 008A
20110112競馬場前 010A
20110112競馬場前 037A

ワンマンでない普通の2両編成(6410F~6415F)は9000系の8両編成と組んで使用されることが多かった。6717F(8両編成の6000系)にももちろん使用されるが、6717Fは朝(高幡不動ー新宿ー高尾山口ー高幡不動)と夜(夜は相模原線の新宿発の急行運用もあった)の運用のみで昼間は高幡不動検車区で昼寝をしていたので、日中に6000系を本線で見ることができたのは9000系の新宿寄りの先頭に立つ姿だけになっていた。写真は9000系(9701F)の先頭に立って準特急の運用に就く6411F。聖蹟桜ヶ丘駅東側にて2010年4月3日撮影。
20100403大宮聖蹟桜ヶ丘 114A
20100403大宮聖蹟桜ヶ丘 116A

  1. 2014/08/10(日) 21:31:51|
  2. 鉄道
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無名の画家・宮芳平

新潟県魚沼市に生まれた宮芳平(1893~1971)は、18歳で上京。森鷗外の短編小説『天寵』で主人のモデルに描かれたことで知られている無名の画家。 生誕120年を記念し、生涯にわたる油彩作品、素描、銅版画、ペン画などにより、市井に生きた画家の回顧展が巡回で各地の美術館で開催されて評判となっている。
東京の美術学校(芸大)に入学して作品を主要な展覧会に応募して落選しているが、一度も入選することなく無名の画家として貧困の中生涯を閉じている。生活のために紹介された長野の学校で美術の先生として非常勤講師の任に就くが画材で使うお金にも不自由を強いられ、奥さんの結核の治療や療養費にも事欠くになり、妻を40代で失う悲劇にも見舞われている。
そんな彼を認めて、絵を購入している人がいる。なんとそれは明治の文豪「森鴎外」、森鴎外は彼の絵を気に入り購入してずっと家の居間にかけていたとのこと。しかし宮芳平の生涯で絵を購入したのは森鴎外だけで他の人は誰も彼の絵に見向くことがなかった。

茅野市美術館 2013年8月2日(金)~9月1日(日)
練馬区立美術館 2013年9月15日(日)~11月24日(日)
島根県立石見美術館 2013年12月21日(土)~2014年2月24日(月)
新潟県立近代美術館 2014年4月26日(土)~6月1日(日)
安曇野市豊科近代美術館 2014年7月19日(土)~9月7日(日)

生活のために教師の職に就いた宮は悩んでいた。芸術家が職に就くことは堕落である信じていたのだ。

創作することと教えることとは違うような気がする。これはどうしても二つの仕事だ。
創作は創作で全力のしごとだし、教えることは教えることで全力のいる「仕事だ。
それではこの二つをどう調和したらよいだろうか。

しかし、宮は教師生活を続けるうちに変わってきた。

生徒の存在が宮を変えた。
疑うことを知らない素直な子供たち、宮にとって共に過ごす時間が何よりも大切なものになった。

一枚の絵がうまくいくことと、一つの授業がうまくいくこととどっちが楽しいだろうか?
とにかく一つの絵がうまくいくと、一つの授業がうまくいく。
一つの授業がうまくいくと、一つの絵がうまくいく。
この二つはどうも二つでないようだ。
一つのようだ。

宮は拙いことを積極的にとらえ始めた。
拙いことは決して消極的ではなく、積極的なことである。
むしろ童心に帰る。
子供の頃の生まれたままの資質というものを、そのままうまく大人になっても持ち続ける
ことが人間にとって最も大切なことと思い始める。
養拙が大人になると必要、大人になると拙さがすり減らされる。
芸術的なたくらみがなく、巧まずして描いた絵が宮の絵となっていく。

しんとした部屋の中に黙って置かれてある子供たちの道具すらが眼に触れて、私のためにあんなにも
良い生徒がここに座しておとなしく勉強していってくれた、これがその部屋であると思うと何とも言えない
嬉しい気持ちがこみ上げてきて体中いっぱいになる。

教え子の中沢さん(画家)は、次のように先生に教わったと言う。

形などいくらくずれていたっていい。絵の生命はそんなところにない。
むしろくずれているところに本当の正しさがあると言いたいくらいだ。
だからあなた方は、絵のケイコなど必要じゃあないんだ。
ただあらゆる情熱とこん限りの誠実と力いっぱい投げ出して書いて行けばいいんです。
それだけで、どんな素人でも完全な芸術を生み得る。いや芸術とはその他にないんだ。

そして宮の画風もそのように結実していっている。


  1. 2014/08/09(土) 10:43:50|
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プロフィール

nighttrain999

Author:nighttrain999
目黒区の都立大学で産湯を使い、長じて多摩ニュータウンに移り住んでン十年の”おじさん”です。サラリーマン渡世を無事に勤め上げて第二の人生を謳歌しております。
多彩な趣味のお陰で時間が足りなくて、とても仕事をしている暇がないという次第。
興味のあるものは: 鉄道・車・オーディオ・カメラ・地図・文学・歴史・音楽(特にJAZZ)・英国

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