ナイトトレインの平成・徒然草 ~心にうつるよしなしごとを書き連ねて~

《鉄道》《車》《音楽》《文学》等にまつわるよしなしごとを、つれづれなるままに書き連ねてまいります。  

世代交代の東京モノレール

2014年に久し振りの新車10000形が1000形の老朽化置き換えとして登場、その後も着実に編成が増えている10000形。また2000形の新塗装化も始まっている東京モノレールを久し振りに訪問して現有車両の撮影を試みた。 1000形の復刻塗装の内、1000形登場時の塗装をした第15編成(1085-1090)を撮影出来たが、開業時の復刻塗装との第4編成(1019-1024)と500形の復刻塗装をした第9編成(1049-1054)の撮影はできなかった。開業時の復刻塗装の第4編成は過去に何度か撮影しているのでOKなのだが、500形の復刻塗装は未だ一度も撮影して無いので機会を見て再訪問してリベンジを果たしたいと思っている。

1000形第15編成 1000形登場時の復刻塗装
1085-1090登場時第15編成

2000形第3編成 新塗装
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2000形第4編成 標準塗装
2046現行塗装

10000形第2編成
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10000形第3編成
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1000形第2編成 標準塗装
1007-1012第2編成

1000形第7編成 ポケモンモノレール
1037-1042第7編成
1037-1042ポケモン

1000形第3編成 標準塗装
1013-1018第3編成

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  1. 2015/10/29(木) 22:44:04|
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久し振りの「都電・荒川線」

2011・3・11に都電荒川線に乗っていて震度5強の地震に遭遇した。その時にはついに来るべきものが来たとの思いにかられて、小舟のように揺れる都電の車内で不思議と落ち着いていた。揺れも長く、徐々にその揺れが激しさを増していく中で最初は車内にいた乗客も乗務員の指示で車外に逃れてホームに立って電車がぐらぐら揺れるのを見ていた。乗客の中には都電が脱線して倒れる危険があると言ってホームから外に逃げる人もいた。 
この時のことがトラウマになってしまい、都電に乗るとまた巨大地震に遭遇するような気がして都電荒川線に近づくことができなかったが、久し振りに大塚駅付近で都電荒川線の写真を撮ってきた。8900形の導入が始まり、代わりに7000形が引退するとの情報があって、残された7000形の写真を撮影するのが主目的であった。

昭和50年代の都電カラー(黄色地に青帯)を平成23年に復活させた7022号
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都電に久し振りに誕生した新車8500形 VVVFを採用した省エネ思想の電車。
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7000形 まもなく新車8900形に置き換えられる運命。
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レトロ調のデザインで登場した新車9000形。 9001号と9002号の2両しかない。
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ほとんどの電車が広告電車になっている中で珍しくオリジナル塗装のままの7003号(7000形)
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新車8800形と並んだ7000形を使った「都電落語会」電車。
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  1. 2015/10/25(日) 22:58:49|
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京王線・高尾山ラッピング電車

今年9月30日から走り始めた「高尾山ラッピング電車」(8000系8713F)をライブの帰りの新宿駅で見かけた。駅で見かけたところですぐ発車のベルが鳴ったので飛び乗ってしまった。乗ったのは各駅停車の高尾山口行きだったので明大前で一旦降りて、発車を後追いで撮影。夜なのでグリーンの再現性がいまいちの写真となってしまった。続いてきた準特急に乗ると八幡山で8713Fで追い越すので、先回りして千歳烏山で下車してさっき追い越した8713Fが来るのを待って撮影したが、やはり夜の為にグリーンが沈んでしまい、色の再現性ではいまいちだったのが残念だが、いつか昼間に撮影してリベンジしたい。

千歳烏山に停車中の高尾山ラッピング電車8000系
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明大前駅の8713F
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  1. 2015/10/24(土) 23:27:57|
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私の本棚から(その8) 「鉄道車両ー研究資料ー」

私の本棚から(その8) は日刊工業新聞社が発行した大塚誠之監修の「鉄道車両ー研究資料ー」を紹介する。 学生当時、私の鉄道知識欲を満たす書物を求めて学校の帰りに書店に立ち寄るのが日課になっていた。渋谷にある大型書店「大盛堂」は専門書籍も多く取り扱っていたので、そこの工学書のフロアーで見つけたのがこの「鉄道車両」である。 副題に研究資料とあるように専門家向けの本で一般の鉄道ファンが読む本ではなかったが、鉄道に関する書籍が少なかった当時は思わず飛びついて買ってしまった。 購入して家に帰り本を紐解くのだが、難しい数式や公式がたくさん登場してとても読破できる本ではないことがわかり、これまた本棚に鎮座するだけの本になってしまった。監修者の大塚誠之氏は元日本固有鉄道・鉄道技術研究所長だった方で、執筆陣「鉄道車両ー研究資料ー」も日本固有鉄道・鉄道技術研究所の研究所員の方々が占めていて、明らかに技術者向けの本であった。
しかし、1・2・2軌間(ゲージ)の内容はわかりやすく為になったし、5・5動力伝達装置でのカルダン式で直角カルダンと並行カルダンを図入りで説明してくれていたのは、ちょうどその頃に東急・東横線に登場したセミステンレスカーの6000系が直角カルダンと並行カルダンの2種類を試しに採用していたので、その違いを理解するのに役立ったことを覚えている。


以下は「鉄道車両ー研究資料ー」の奥付である。

鉄道車両
昭和32年9月30日発行 定価1200円
監修者 大塚誠之
発行者 増田顕邦
印刷所 新日本印刷株式会社
      東京都新宿区市ヶ谷本村町27
発行所 日刊工業新聞社
      東京都千代田区飯田町1の1

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  1. 2015/10/23(金) 10:52:15|
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私の本棚から(その7) 隔月刊誌「蒸気機関車」

私の本棚から(その7)は、キネマ旬報社から発行されていた 隔月刊誌「蒸気機関車」である。過去形でご紹介したのは、すでに廃刊になっていて今は発行されてない雑誌だからである。 SLブームの中で発行された蒸気機関車に的を絞った雑誌であったが、SLブームがひと段落したことも手伝って、1981年7月号を終刊号にして1967年から続いた歴史の幕を閉じてしまった雑誌である。 当時の私は鉄道模型趣味・鉄道ピクトリアル・鉄道ファン・鉄道ジャーナの4誌を律儀に定期購読していたが、ここに1967年7月に創刊されたキネマ旬報社の「蒸気機関車」も加わった。しかし、元々電車ファンではあったが蒸気機関車にはそれほど熱意がなかったことと、グラビアページの写真の出来が紙質の問題で良くなかったことも手伝って、まもなく定期購読をやめてしまった。 「蒸気機関車」は当初はキネマ旬報の増刊号と言うことで発行されて1967年の9月に創刊されて、続く2号は1967年<10月に、3号は1967年12月に発行されたのちに、1968年1月からは独立した月刊「蒸気機関車」として6月まで発行されたが、1968年の8月に季刊誌「蒸気機関車・夏号」となっている。ここまでは本のサイズはB5で発行されて、次の1968年秋号からはA4サイズに大きくなっている。 終刊時の通巻番号のNo.74は季刊誌になってからの通巻番号でキネマ旬報の増刊号時代の3冊と月刊時代の6冊は通巻番号に入れられて無いために、74冊プラス9冊が本当の「蒸気機関車」の発行冊数(83冊)ということになる。
キネマ旬報の増刊号として発行された「蒸気機関車」3冊は当然のことながらキネマ旬報の通巻番号がふられていて、それぞれ通巻1263号・1267号・1270号となっている。そして月刊時代の6冊はキネマ旬報とは別の雑誌扱いになり第1巻1号~6号として通巻番号はない。
私の本棚には増刊号時代の3冊(No.1,2,3)と月刊時代の3冊(1月号・3月号・6月号)と季刊誌になってからの6冊の都合12冊しかない。 「蒸気機関車」以降に発行された新しい鉄道雑誌(RailMagazine/レイル/とれいん/鉄道ダイヤ情報など)はそれなりのボリュームで私の本棚を占めているのと好対照である。

実質的な創刊号となるキネマ旬報増刊号「蒸気機関車」No.1
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創刊号の裏表紙
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キネマ旬報・増刊号「蒸気機関車2」
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キネマ旬報増刊号「蒸気機関車3」
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月刊化第一号 「蒸気機関車」1968年1月号
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季刊化第一号 「蒸気機関車 1968年夏号」
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季刊化第二号 「蒸気機関車 1968年秋号」 A4サイズに拡大された
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終刊号 「蒸気機関車 1981年7月号 No.74」
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  1. 2015/10/22(木) 17:04:09|
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私の本棚から(その6) 「鉄道用語小辞典」

 私の本棚から(その6)は鉄道図書刊行会が刊行した 「鉄道用語小辞典」である。
この本は私が初めて購入した鉄道専門書で、購入し始めた月刊誌「鉄道ピクトリアル」に広告があり、それを見て地元の書店に発注して購入した。この頃から旺盛な鉄道知識欲を満たすために鉄道に関する本を買い求めるようになっていたが、その走りがこの「鉄道用語小辞典」である。 内容的には私の求めていた知識を満たす為にはそぐわないもので、もっぱら本棚で寝ていることが多い本となってしまった。 その後昭和41年に交友社から発行された「目で見てわかるーー鉄道常識事典」が私の求めていた本で、こちらの本は良く活用していたことを覚えている。

以下は「鉄道用語小辞典」の奥付である。

鉄道用語小辞典 1958年版
昭和34年3月20日 初版発行 定価230円
編者 鉄道ピクトリアル編集部
発行者 鉄道図書刊行会
      代表者 田中隆三
印刷者 広田和民
印刷所 和光堂広田印刷株式会社
発行所 鉄道図書刊行会 東京都千代田区丸の内3の4 日本交通協会ビル

表紙
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裏表紙
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  1. 2015/10/22(木) 12:22:46|
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珍品・鉄道グッズ

鉄道のグッズで珍しいものを入手したのでご紹介させていただく。大学のOB会で大先輩から一般販売されてないという鉄道グッズの珍品をいただいた。九州の白花酒造株式会社が業界の関連者のみに配布した「本格焼酎・SL九州」。 化粧箱に入れられているが、化粧箱の写真は裏表共に九州のSLの写真で、表は日豊本線加治木付近を走るC57けん引の旅客列車である。 焼酎の瓶はD51を象ったものであるが、これがC57であったなら更に嬉しさが増していたことだろう。
製造年月日は51年3月30日と箱に刻印されていたので、昭和51年頃に配布されたようである。

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  1. 2015/10/21(水) 19:43:58|
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吉祥寺駅南口のバス

前回の北口のバスの続編で「吉祥寺駅南口のバス」をお送りする。 と言っても南口は小田急バス一色で変化に乏しい。 唯一京王バスが一路線(吉祥寺ー調布)だけ乗り入れているが、まさに南口は小田急バスが独占状態である。 ここでいつも疑問に思うのが京王・井の頭線のターミナル駅である吉祥寺はなぜ京王バスでなくて小田急バスなのかということである。 知ったかぶりの鉄ちゃん知識で、戦前までは井の頭線は小田急に所属してからなのかと推測したが、実はそうではなかった。 これは小田急バスの歴史をたどると明らかになるのである。 実は小田急は戦後まで自社の保有するバス路線を持たなかったので、戦後自社バス路線の開設を模索していた。 しかし戦後の混乱期に自社路線を開設する認可がなかなか下りず、すでにあるバス路線を買収する形で路線バス事業に参画できることになったという経緯がある。 このとき買収したバス路線が吉祥寺駅の南側で路線バス事業を展開していた国際興業傘下の「武蔵野乗合自動車」である。
小田急バスの塗装は白地に赤のストライプの入ったモダンなもので、小学校の遠足で貸切バスが小田急だと嬉しかったのを覚えている。当時は貸切バスだけでなく路線バスにも犬のマークが付けられていたが、1969年で犬のマークは路線バスからははずされてしまった。 代わって、最近の小田急バスでは「きゅんた」というマスコットの子犬がマークとして採用されており、「きゅんた」のラッピングバスが走っている。 エリア限定のカラーバージョンで展開されていて、町田営業所エリアでは青色、登戸営業所えりあでは緑色、狛江営業所エリアでは桃色、武蔵境営業所エリアでは黄色の「きゅんたラッピングバス」が走っている。 運よく吉祥寺駅南口で撮影中に黄色のきゅんたラッピングバスを撮影することができた。

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武蔵境営業所エリアの黄色の「きゅんたラッピングバス」
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北口と異なり、南口には駅前ロータリーがないために、このように狭い道路を路線バスが走ることになっているので、常時バス誘導のための係員が居る。
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南口でしか見れない小田急バスに北口で遭遇。行先表示は「回送」となっていた。
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  1. 2015/10/20(火) 11:19:52|
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嬉しい大誤算! 相鉄・赤帯旧塗装車

昨年の7月1日のブログにて報告したように、最後になった赤帯旧塗装・新7000系(7755F)・8000系(8712F)・9000系(9705F)の3編成は2014年度中に新塗装になることが相鉄から公表されて、その塗装更新月日までもが明確に示されていた。 
そして7755Fと8712Fはほぼ予定通り新塗装化されてしまったが、何故かは不明であるが当初2014年11月6日に新塗装化される予定だった9705Fは2015年10月4日現在も新塗装化されずに赤帯旧塗装のままで残っている。 筆者には嬉しい大誤算で、9000系には赤帯旧塗装が一番似合うと思っているので、このまま新塗装化されずにずっと走り続けてくれるといいなと密かに願っている。 
そんな赤帯旧塗装で残っている9705F(相鉄の正式呼称は9705x10)の写真を二俣川と海老名で10月4日に撮った写真でお眼にかけることとする。

二俣川駅に進入する下り各駅停車・海老名行き
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海老名駅に進入する下り各駅停車・海老名行き
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9705F5号車はセミクロスシート車
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海老名駅で折り返し上り急行・横浜行きとなった9705F 
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相鉄車の特異設備の一つがこの自動窓
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  1. 2015/10/15(木) 09:40:49|
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プロフィール

nighttrain999

Author:nighttrain999
目黒区の都立大学で産湯を使い、長じて多摩ニュータウンに移り住んでン十年の”おじさん”です。サラリーマン渡世を無事に勤め上げて第二の人生を謳歌しております。
多彩な趣味のお陰で時間が足りなくて、とても仕事をしている暇がないという次第。
興味のあるものは: 鉄道・車・オーディオ・カメラ・地図・文学・歴史・音楽(特にJAZZ)・英国

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