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ナイトトレインの平成・徒然草 ~心にうつるよしなしごとを書き連ねて~

《鉄道》《車》《音楽》《文学》等にまつわるよしなしごとを、つれづれなるままに書き連ねてまいります。 このBLOGに掲載された写真などを他のMediaなどに掲載される際の問い合わせ先はn.sugii@nifty.comです。 

銚子電鉄訪問記

『徒然草』 第52段「仁和寺にある法師」
仁和寺の老僧は「一生に一度は石清水八幡宮へ行きたい」と思っていた。ついに石清水八幡宮へ行ったが、麓の高良社や極楽寺を石清水だと思い込んで、そこのみ参拝し、他の人が山を登っていたのに、「神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」と、自分は登らなかったという話。「すこしのことにも先達はあらまほしきことなり」(小さなことにも案内人が必要)と結ばれている。

日頃「銚子電鉄」を訪問したいと思いつつ叶わなかったが銚子電鉄に先日鉄友のK氏と一緒に行くことになり、やっと念願叶い全線走破し、仲ノ町の車庫見学、「地球が丸く見える丘展望館」からの海を入れた電車の俯瞰撮影などで銚子電鉄を堪能してきた。
実は行く為の行程表を作成する段階で、銚子電鉄の始発駅である銚子が大変遠いところにあり、我が家を8時ころ出て銚子に着くのがお昼くらいになることがわかり、銚子電鉄訪問は難関であることを認識させられた。この時ふと頭をかすめたのが上記の『徒然草』の1節。仁和寺の老僧の二の舞だけは避けなくてはいけないと、慎重に行程を練った。いろいろなコース(総武線・総武線+成田線・常磐線+成田線・京成電鉄+成田線・高速バス)があり、時間と金額を勘案すると高速バスが最善の選択肢なのだが、鉄道趣味者としてはバスは避けたい。最終的にK氏と相談して日暮里から京成の特急(スカイライナーではない)で成田に向かいJR成田線に乗り換えて銚子へ向かう行路となった。

JR成田線ホームに成田線の電車が並んで停車中。左の209系2100番台(千マリC605編成)は我々の乗る銚子行き、右の231系(東マト124編成)は我孫子行。ここから銚子までは各駅停車で1時間20分の旅。 ここで成田線の面白い違いを発見。成田線は佐倉―松岸間、成田ー我孫子間、成田―成田空港間の3路線からなる路線であるが、運転上は常磐線の支線の様な扱いの成田―我孫子間で使用される車両は東京支社松戸車両センターに属する車両であるのに対して、佐倉ー松岸間は総武線の延長区間のような扱いで佐倉ー成田空港間は千葉や東京からの成田空港行きの電車が総武線から多数乗り入れてくるので、総武線の支線的性格が強く、使用される車両も千葉支社幕張車両センター(千マリ)所属の車両が使用されている。
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夢にまで見た銚子電鉄の銚子駅ホームはJRのホームの終端にあった。写真では何べんもお目にかかっている特徴ある銚子電鉄の駅舎が私たちを出迎えてくれた。
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しかし、ホームに止まって私たちを待っていてくれたのは元京王の5000系である3000形。私の好きな元京王の5000系であるが、私の長年培った来た銚子電鉄の電車のイメージとはかなりかけ離れていて違和感があったのは否めない。
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身にまとう色は異なるが私の現役時代通勤でお世話になっていた5000系を前にして、なぜここにいるのかと問いたくなった。
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3000形(元京王5000系)のみならず、銚子電鉄は実は現役の車両はすべて元京王の車両である。最初に伊予鉄道を経由して入線して来たのは2000形(元京王の2010系)、2001+2501は京王時代のグリーン塗装を復刻して京王ファンを喜ばしている。2002+2052も入線時はイオン銚子ラッピング電車で、その後京王時代のアイボリーに赤のストライプに変わり、現在は昔の銚子電鉄カラー復刻塗装になっている。右にちらっと見える赤い電車は営団地下鉄丸ノ内線色を纏った1002(元営団地下鉄2000形)で2015年1月10日ラストランをして営業運転からは離脱している。
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私の銚子電鉄のイメージのまま営業中の「仲ノ町」駅舎。唯一の新しい点は銚子電鉄が最近始めた「駅名ネーミングライツ」に応募して新しい駅名「パールショップともえ」の看板が掲げられていること。現在では銚子電鉄の銚子を除くすべての駅にネーミングライツに基づく新しい駅名表示がなされている。現在「銚子駅」も募集中で近々には銚子駅にも新しい駅名が加わる予定。
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デハ2001+クハ2502は伊予鉄道のモハ822+クハ852(旧京王デハ2070+サハ2575)だった車両。2009年11月30日に伊予鉄道で廃車になり銚子電鉄に譲渡されてきた。
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デハ2002+クハ2502は伊予鉄道のモハ823+クハ853(旧京王デハ2069+サハ2576)だった車両。2009年11月30日に伊予鉄道で廃車になり銚子電鉄に譲渡されてきた。
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銚子電鉄と言えば一番の関心はデキ3.この日は残念ながら車庫で作業中でまともな姿での写真は撮れなかった。 デキ3は1922年(大正12年)ドイツのAEG(アルゲマイネ社)で製造され山口県宇部市の沖ノ山炭坑で活躍した後、1941年(昭和16年)に銚子電鉄に譲渡されて、1984年(昭和59年)の貨物営業廃止まで活躍した。その後車籍は有しているが資金難で全般検査を受けてなく本線走行はできない状態で動態保存されている。
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銚子電鉄唯一の中間で列車交換設備のある「笠上黒生(かさがみくろはえ)駅」は、駅名ネーミングライツで「髪毛黒生(かみのけくろはえ)駅」の駅名板を掲げていた。
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運転席後ろのファン特等席は片側だけ維持されていて健在だった。
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外川駅にはデハ801が静態保存されているが、資金難の銚子電鉄ではまともなメンテナンスが出来ずかなり保存状態は良くない。
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銚子電鉄は海外線に近いところを走っているにもかかわらず、車窓から海を見ることが出来ない。従って海と銚子電鉄を組み合わせた写真を撮るために「地球が丸く見える丘展望館」に登ってやっとこのような写真を撮ることができた。
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銚子電鉄で一番大きく豪華な駅である「犬吠駅」に停車中の3000形。
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犬吠駅に入線してくる上り銚子行き3000形。
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Author:nighttrain999
目黒区の都立大学で産湯を使い、長じて多摩ニュータウンに移り住んでン十年の”おじさん”です。サラリーマン渡世を無事に勤め上げて第二の人生を謳歌しております。
多彩な趣味のお陰で時間が足りなくて、とても仕事をしている暇がないという次第。
興味のあるものは: 鉄道・車・オーディオ・カメラ・地図・文学・歴史・音楽(特にJAZZ)・英国
画像使用の問い合わせ先:n.sugii@nifty.com

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