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ナイトトレインの平成・徒然草 ~心にうつるよしなしごとを書き連ねて~

《鉄道》《車》《音楽》《文学》等にまつわるよしなしごとを、つれづれなるままに書き連ねてまいります。 このBLOGに掲載された写真などを他のMediaなどに掲載される際の問い合わせ先はn.sugii@nifty.comです。 

昭和の鉄道世界(25) 南部縦貫鉄道 野辺地駅

1970年の北海道合宿は奥羽本線経由で青森から青函連絡船で北海道入りだったが、1969年の北海道合宿は、米坂線でキュウーロクを撮り、仙台市電に立ち寄り花巻電鉄を訪問して東北本線経由で青森から青函連絡船で北海道入りしている。その時残念ながら立ち寄れなかったのが十和田電鉄と南部縦貫鉄道だった。しかし運の良いことに花巻から青森へ向かう列車の車窓から野辺地駅で停車中の南部縦貫鉄道の写真が撮れた。撮影時は南部縦貫鉄道の花形のレールバス(キハ101&キハ102)ではなかったことを悔やんだが、その時に撮影されたキハ103は当時は予備車的存在で滅多に走らない車両で1980年には国鉄から来たキハ104(国鉄時形式キハ10形)と交代に廃車・解体されてしまい、今保存されている南部縦貫鉄道のキハ101・102・104に加われなかったことを考えると貴重なショットではなかったかと思っている。
キハ103は常総筑波鉄道・筑波線から1962年に南部縦貫鉄道に譲渡されてきた車両であるが、1937年の日本車両東京支店製で古い車両であった為に普段は1962年製のレールバス・キハ101・102が使用されてキハ103は予備車扱いで滅多に本線を走ることはなかったようである。

野辺地FH000033A
南部縦貫鉄道というとほとんどがレールバスのキハ101またはキハ102で、たまにキハ104の写真が紹介されてきたが、キハ103の運行中の写真はほとんど皆無なので今となっては貴重なショットではないだろうか。

  1. 2013/08/16(金) 09:56:34|
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昭和の鉄道世界(24) 1969年8月札幌市電 鉄北線

1969年8月に札幌市電・鉄北線で札幌駅前~北大正門前の国鉄・函館本線をオーバークロスする陸橋で撮影した札幌市電の写真をご紹介させていただく。
鉄北線は北27条~新琴似駅前の延長開通時は非電化だった為に全国でも珍しいディーゼル市電が走っていた。1967年に電化されたのだが、筆者の訪問した1969年の時点では未だディーゼル市電が残っていて写真を撮っている。RAILFAN誌の2010年11月号の「北海道の私鉄車両33 札幌市」の記事中に筆者が撮影したディーゼル市電D1037(D1030形)とD1042(D1040形)が掲載されているので、ご興味のある方は参照いただければ幸いである。

FH020007A.jpg
国鉄を越える陸橋区間は専用軌道になっていた。陸橋を渡り終えると左にカーブして併用軌道に戻り札幌駅前に出る。「すすきの」行の連接車(表示は連結車となっているが実態は連接車)A830形

FH020009A.jpg
北24条行の210形

FH020008A.jpg
北24条行のA830形 この先で専用軌道を終わり併用軌道となる。
  1. 2013/08/15(木) 22:15:22|
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昭和の鉄道世界(23) 1970年10月4日 八高号

昭和の鉄道世界(21)で首都圏無煙化の最大行事「さよなら蒸気機関車・高島線」をお送りしたが、その前に行われた首都圏無煙化第二弾の八高線の「八高号」を御紹介したい。
あいにくの雨となってしまったが、1970年10月4日に八高線の無煙化を記念して八王子ー高麗川間でD51牽引の客車列車「八高号」が運転された。その1週間前の9月27日には同じく八高線の北側区間(高麗川―高崎)にて「さよならSL号」がD51とC58の重連で運転されておりその時は快晴の良い天気だったが、10月4日はあいにくの雨模様だった。雨模様にもかかわらず大勢のファンが撮影に押しかけて現場は大変な人出だった。なるべく人の少ない場所を狙って撮影したが、めばしい撮影地でファンの姿を見ないことは無く。撮影は制約が多かったことを覚えている。目当ての撮影地にはたくさんの人が出ていて、人の居ないところを探しているうちに列車の通過時刻が迫り、妥協した場所での撮影になり良い写真は撮れなかったので、今まではブログに掲載するのをためらっていたが、一応記録としてご紹介するのもありと思い今回ご紹介に至った次第である。

19700927八高線001A
高麗川で折り返し準備中のD51

19700927八高線003A
折り返しの合間にファンと言葉を交わす機関士

19700927八高線004A
撮影地不明。たぶん高麗川ー飯能ー金子あたりの何処か・

19700927八高線007A
入間川鉄橋を行く「八高号」

  1. 2013/08/15(木) 07:50:09|
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昭和の鉄道世界(22) 1970年8月24日浜小清水駅

筆者が所属していた大学の鉄道研究会では1969年と1970年の2回に北海道合宿を行っていた。毎回現地集合現地解散で集合は札幌の円山ハウスというユースホステル(YH)で、解散は行程の最後の函館または青森であった。往路は直接札幌へ向かう会員は稀で、ほとんどが集合日の数日前に東京を立って自分の好きな鉄道に寄り道してから札幌を目指していた。筆者も2回ともに米坂線・花巻電鉄(廃止)・弘南鉄道・弘前電気(現在の弘南鉄道大鰐線)・仙台市電(廃止)・山形交通尾花沢線(廃止)・羽後交通横荘線(廃止)などの線区を訪ねてから札幌の集合地に向かった。一度だけ鉄道とは関係ない登別温泉に宿泊して札幌に入ったが、たぶん室蘭本線のSL列車の撮影の行程上どうせなら登別温泉のYHに泊まろうと思っただけのことだったと思う。

さて、そんな北海道合宿の2回目(1970年)の時に釧網線の浜小清水にあるYHに宿泊して浜小清水駅でC58の牽引する混合列車を撮影しているので、その写真をお目にかけたい。この写真には当時ならではの光景が見て取れる。まずは蒸気機関車の牽引する客車列車という当時当たり前の光景がある。しかも混合列車(客車と貨車を混合併結している列車)という当時でも少なくなりつつあった形態。さらに当時の国鉄の駅では当たり前のように見れた貨物用の側線とそこに留置されている貨車群。街道を並走するトラックもボンネットのある古い形である。
これこそが究極の昭和の鉄道風景ではないかという気がする。半世紀前の古き良き昭和の光景である。

1970フィルム 009A
牽引するのは釧路機関区のC58413 夏の撮影だが気温の関係で蒸気機関車の白い煙とドレインが白くはっきりと映っていて写真的にはGoodの構図を提供してくれた。

1970フィルム 008A

  1. 2013/08/11(日) 08:07:13|
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昭和の鉄道世界(その21) 首都圏無煙化さよなら運転

1970年10月は首都圏の路線からSLの煙が消えた最後の記念列車が走った時でした。1970年の9月27日に八高線(高麗川ー高崎)でさよなら運転が10月4日に八高線(八王子―高麗川)でさよなら運転が行われて大変な人出がありましたが、その後「高島貨物線の電化」で首都圏の路線からSLが消えるいわゆる無煙化(今では死語ですね)がありました。首都圏無煙化のフィナーレは国鉄のサプライズ企画となり、なんとSLが姿を見せなくなった東京駅からSL牽引のさよなら列車を走らせるという鉄道ファンもびっくりの嬉しい驚きの企画でした。しかも10月10日・11日・18日と3日間も東京駅発のSL列車が走りました。牽引するSLが旅客機のC型でなくD型(D51)だったのがファンからすると心残りだったのですが、往年のボートトレイン(横浜港に大型客船が入港すると東京駅から品鶴線・高島線経由でSL牽引の列車が運行されていた)を再現したルートなので大変な人出があり沿線はカメラを持った人で鈴なりであった。マスコミもヘリコプターを飛ばしてこの列車を追いかけていた。筆者もこの時は有楽町の交通会館屋上から新幹線と並んだ東京駅発車のさよなら列車を撮ったり、品川駅西方の御殿山付近で品鶴線が東海道線をクロスオーバーする鉄橋や、品鶴線の多摩川鉄橋、高島線の東高島貨物駅付近で撮影している。今回は多摩川鉄橋での写真が見当たらないが、有楽町と御殿山と東高島での写真をお目にかけることにしたい。

197010首都圏無煙化001A
東京駅を新幹線と同時発車であったが、この日は新幹線の運転士が出発後にスピードをダウンしてSLが追いつくのを待ってくれて見事並びが実現した。運良くこの日は並びが実現したが、他の日には並びが撮れなかったようです。
197010首都圏無煙化002A
東高島駅西方を行く上り列車品川行き。下り列車は東京ー横浜港だったが、上り列車は横浜港ー品川であった。
197010首都圏無煙化003A
197010首都圏無煙化004A
197010首都圏無煙化005A
197010首都圏無煙化006A
197010首都圏無煙化007A
東海道線をクロスオーバーする品鶴線を行く上り品川行「さよなら列車」

実はこの時SLブームということも手伝って鉄道ファンだけでなく一般人もカメラを片手に撮影に押しかけて大変な事になって、これに懲りた国鉄は以降都内でのSL運転の企画をしなくなった。現在のSL運転は高崎以北であったり、千葉以東であったりするのはこの時の混乱が国鉄(JR)でのトラウマになっている為。

  1. 2013/06/28(金) 00:29:34|
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nighttrain999

Author:nighttrain999
目黒区の都立大学で産湯を使い、長じて多摩ニュータウンに移り住んでン十年の”おじさん”です。サラリーマン渡世を無事に勤め上げて第二の人生を謳歌しております。
多彩な趣味のお陰で時間が足りなくて、とても仕事をしている暇がないという次第。
興味のあるものは: 鉄道・車・オーディオ・カメラ・地図・文学・歴史・音楽(特にJAZZ)・英国
画像使用の問い合わせ先:n.sugii@nifty.com

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